杉山 英隆さん(エンターテイメント・マーケティング・プロデューサー)  

杉山英隆(すぎやまひでたか)/大切にしている言葉 ”人間至るところ青山有り”

今週のゲストは、ロサンゼルスを中心に広告のライセンスビジネスをされ、昨年からは作家としてもご活躍の杉山英隆さんです。

聞けば納得、の広告スタイル。
杉山さんがされている「プロダクト・プレイスメント」という広告のスタイル。聞き慣れない言葉ですが、一体どういうものなのでしょう。
映画やドラマの中で、俳優さんが身に着けているものや、頻繁に登場する小道具を見て「どこのブランドのもの??」なんて気になった経験はありませんか?消費者のまさにその心理に目をつけたのが「プロダクト・プレイスメント」。映画の脚本を見て、例えばお酒がたくさん出てくるな、と思うと、ビールメーカーに「おたくの商品を映画に出しませんか。広告的効果がありますよ」と提案するお仕事なのだそうです。
木村拓哉さんがドラマで着けていた時計があっという間に市場からなくなった、なんて話も聞いたことがありますよね。広告を広告として見るよりも、ドラマの本編の中でさりげなく目にすることで印象が残る・・・確かに、聞けば納得です。今後、映画やドラマを見ていたら「あっ、これはもしかして広告効果を狙ってる?」なんて気がつく場面もあるかもしれませんね。


♪「Time to say goodbye」 サラ・ブライトマン
ラスベガスのホテル「ベラージオ」のイメージソング的な曲。ホテルの前で行われる有名な噴水ショーのバックにも流れている。「過去に別れを告げて新しい人生に旅立とう、という内容の歌詞が、ちょうど自分がアメリカに渡って新しい人生を始めようとしていた頃のイメージと重なります。」



ロサンゼルスに住むために!
ところで杉山さん、なぜアメリカでお仕事をしようと思われたのでしょう?
日本のホテルに就職する前に一年程アメリカに留学していた、その時の経験が、社会に出てからのいろいろな活動の基本になっているそうです。高校生の頃から、カリフォルニアやサーフィンに憧れていた年代。その気持ちを持ったまま、15年間日本で会社勤めをしていたけれど、仕事で久しぶりにロサンゼルスの空気を吸ったら「この街に住みたい!」と思ってしまった。ちょっと邪な考えだけれど、「どうすればロサンゼルスに住めるか・・・」と模索していた時、映画「マディソン郡の橋」の中でクリント・イーストウッドが持っているニコンのカメラは実は広告代理店からの仕込みだった、という記事を社内報で見つけて、「これは商売になる!」と直感したそうです。ビジネスチャンスを掴んだ瞬間ですね。


♪「Please come home for Christmasイーグルス
クリスマスソングは悲哀を感じる曲が多い。この曲も「僕の彼女がどこかへ行ってしまった」という内容。「人生の表裏を感じるのが結構好きだったりするんです」と杉山さん。クリスマスって確かに、明暗分かれる時期ですね・・・「人生楽しい事ばかりじゃない。でも、悲しい事もあるから、楽しい事がより際立つ。そんなことを感じさせてくれる音楽や映画が好きです。」


ついに憧れの作家デビュー
地球外動体視力ゴルファー」という“ゴルフファンタジー小説”で昨年作家デビューされた杉山さん。学生時代から物書きにずっと憧れていて、アメリカと日本を行き来する忙しい日々のなか、昨年やっと机の前に腰をすえる機会ができたそうです。「たくさんのプロの作家の方々の末席に、ちょっと席をいただいたところ。国会で言えば民主党の新人議員のような。」と謙虚な杉山さん。
横峰さくらさんも応援していらっしゃる「地球外動体視力ゴルファー」。もしかして英語で書かれている・・・?いえいえ、もちろん日本語です。ご安心を!ゴルフ好きの方には、特にお楽しみいただける小説ですので、ぜひお手に取ってみてください。静岡は良いゴルフ場もたくさんあるし、暖かくてゴルフ環境に申し分ないところ。ゴルフ人口も多いですよね。ちなみに、杉山さん自身も“ゴルフおたく”なのだそうです。


♪「Viva la vidaコールド・プレイ
「昨年、表現することに取り組んでいたときに、元気付けてくれた曲。この曲のリズムのように、シンプルに、感ずるままに表現をしていきたい。物書きは足腰が弱くなっても出来るから、これからずっと、死ぬ前の日まで文章を書いていたい。小説は、今もう4作目を書いているところ。」と杉山さん。精力的です!



大切にしている言葉 “人間至るところ青山有り

人間が活躍できる、自分の能力を発揮できるところは一箇所ではない。いろんなところにチャンスはある。私は日本に生まれ育ったけれど、アメリカで仕事をしたり、世界を旅したり、様々な場所で人や機会に巡り合って、それが今の経験の基盤になっている。
仕事や生活が上手くいかなかったときでも、少し考え方を変えれば、他の所にチャンスがあるかもしれないし、いろいろやってみたらいいんじゃないか、といつも感じている。」
・・・まさに杉山さんが実践されている生き方ですね。

☆☆☆    ☆☆☆    ☆☆☆

「カリフォルニアに暮らしたいな」と思って、そこで会社を興したという自由な発想とパワーの杉山さんでした。「本当は、今のマスコミに対して言いたいことがあるんだけど、それはまた今度ね!」と言ってお帰りになりました。

# by crossroadmidori | 2009-11-20 19:15 | 2009.11.20(杉山英隆)

井形 慶子さん(「ミスターパートナー」編集長・作家)  

井形 慶子(いがたけいこ)/大切にしている言葉 ”今日を生きる”

今週のゲストは、イギリスの生活情報誌「ミスターパートナー」の編集長であり、作家の井形慶子さんです。



家賃一万円の納屋で暮らした大学時代。
大学に通うために上京したとき、神奈川県の家賃一万円のネズミが走る農家の納屋に住んでいた。当時、親からの仕送りは月5万円。大学生活を送るうちに、日本の学生生活に疑問を持った。そして19才のとき、世界の若者とキャンプ旅行をしようと思い立って行ったのがイギリスとの出会い。古い、遺跡のような街の中で実際に人々が暮らしている様子を見て、たくさんの感動があった。


♪「水のうた、森のねむりウォン・ウィンツァン
アルバム「九寨溝」より。
ファンの方からいただいた曲。今年になって、長年憧れだったイギリスにようやく家を買える状況になった。イギリスの不動産業者や弁護士さんと電話で打ち合わせしている時期、ずっとBGMとして流れていたのがこの曲。自分の夢に向かって前進できていることを実感できるという思いと重なり合う曲です。


まだ赤ちゃんの娘と二人、無一文でイギリスへ。
フリーの編集者として夢をつかみたい。そんな思いから、25才の時に離婚。しかし、子供の保育園への送り迎えなどで時間が制限され、編集者としての仕事はどんどん減っていった。そんな暮らしを振り払いたい一心で、出版社に「女一人、赤ちゃんを連れて海外旅行ができるのか」という企画を持ち込んで、無一文でイギリスへ渡った。

顔中ピアスだらけの青年が赤ちゃんの娘に
      「君はきっと素敵なレディになるね」

お金がなかったので朝食で出たパンをハイドパークで食べたり、雨の日には、無料の大英博物館で雨宿りしながら、遺跡を見たりして過ごした。淋しかったが、ベビーカーを押して駅の階段のところに行くと「May I help you」と言って、いろいろな人が手を貸してくれた。ある日、300円くらいの洋服を娘に買ってあげたとき、顔中ピアスだらけの青年が、跪いて娘に洋服を手渡し「君のママは君のためにこんな素敵なドレスを買ってくれたんだよ。だから君はきっと素敵なレディになるね」と言ってくれた。人が積極的に人に関わっていく社会。そんな文化に触れて雷に打たれたようなショックをうけた。それが今の礎になっていると思う。
イギリスは人を受け入れることに慣れている。適度な距離感を保ちつつ、お互いの価値や文化を認める。古いものにこそ価値がある、他と違うことが素晴らしいと感じさせてくれる。


♪「嵐が丘のテーマ」坂本龍一
映画「嵐が丘」サウンドトラック
嵐が丘の舞台「ハワース」は雑誌でも特集した大好きな場所。雑誌の企画で、イギリス貴族の館から実際のイギリスのお宅のクローゼットの中まで、全部見せるツアーをやっているが、嵐が丘のウォーキングもツアーに組み込まれている。あの幽玄な世界が大好き。



片言英語でも、何を成し遂げるかが大切。
最新著書「英語のおかげ」は、いままで片言英語でも十分やってこられたという人生の軌跡を書いた本。流暢に英語を話すことよりも、英語を使って何を成し遂げたかが大切。片言でも目的を達成できればよい。言葉は伝えようと思う気持ちが大事。


♪「シルクロードのテーマ曲喜太郎
NHK「シルクロード・オリジナルサウンドトラック」
ずっとシルクロードに行きたいと思っていたが、40代後半になって、ようやく実現できた。これからも自分がしたいと思っていることをどんどん実現していきたい。これからの人生は自分のためと、何かフィードバックするために生きたい。ロンドンに住むこともその一つ。今は第二の人生の土台作りをはじめてもいいかな。



大切にしている言葉 "今日を生きる"

未来を考えずに、今日と明日を生きる。今日できないことは、明日もできない。夢は今日に全て押し込めて、夢の先延ばしも、きついことの先延ばしもしない。人生一回きりですから!

☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆ ☆☆☆

若いころから、生き方に一貫したテーマを持っている井形慶子さん。
ずっとお茶をしていたくなるような、ゆっくりとした時間を感じました

# by crossroadmidori | 2009-11-13 22:43 | 2009.11.13(井形慶子)

中島誠之助さん(古美術鑑定家)  

今週のゲストは、テレビの「開運!なんでも鑑定団」でおなじみの中島誠之助さんです。テレビで拝見する和服ではなく、茶のジャケットでスタジオへ。ベルト、靴、バッグまでコーディネートにとても気を遣ってらして、普段着もとてもダンディです。


品物の鑑定は一瞬。
10年前に古美術商の現役を退いても、講演活動、有田焼・伊万里焼などの商品チェック、山歩き、エッセイストとしての執筆活動と、多忙な日々が続きます。
「開運!なんでも鑑定団」は現在16年目。「出品された品物を鑑定するのは一瞬。プロの世界では、話を聞けば品物を見た方がよいかどうかわかる」のだそうですが、テレビの場合は、なぜそれが偽物なのかを、30秒から1分の短いコメントでまとめなければならない。そこが古美術商とは違う新しい苦労。たまに間違えることがあると、放映中にFAXが送られてくるので、放送の仕事はとても緊張する。




ロックフェラーの天使の羽辻井伸行
デビューアルバム「debut」より。流れるような澄んだメロディに心が洗われるような曲。辻井さんはこの曲を小学校6年の時に作曲されたという。演奏旅行でN.Y.を訪れたときに、雪の降る中、天使の羽根のオブジェを触ることができて、その時の気持ちを曲にしたそうです。



良い物しか扱わないから在庫がない。
子供の頃、古美術商だったおじさんのもとに養子に入ったことが、古美術商になるきっかけ。ところがおじは店を構えているわけでもなく、身の回りに在庫がまったく置かれていなかった。それが不思議で、ある日おじに「なぜ古美術商なのに商品がないのか」をきいてみたら、「良いものしか扱わないから在庫がない。朝仕入れると夕方には売れてしまう。物がないのが本当の目利きなんだ。」と言われた。このとき目から鱗が落ちた。おじのもとには、「中島さんが仕入れた物なら間違いないからすぐに買う」と言ってくれるお客さんが大勢いらっしゃった。
人はいろいろな才能を持っているが、古美術の世界に入ったのは、それが身近にあったから。「仕事は、そこにある物に飛び乗ることが大切。」最初は古美術商としてやっていけるかどうか不安だったが、それは誰でも同じように不安なのだと思う。



つぐない♪ テレサ・テン
1984年の全日本有線放送大賞、日本有線大賞などを受賞した大ヒット曲。透き通ったロマンティックな歌声と情感溢れる歌詞は日本中を魅了しました。






本物はスッと体の中に入ってくる。
人からよく、「本物を見極めるにはどうすればよいですか」ということを聞かれるが、実は偽物を見るようになったのはテレビの仕事を始めてから。それまでは本物しか見せてもらえなかった。良い物、本物を見ることでしか、本物を見極める力はつかない。「それが本物であれば、スッと体の中に入ってくる」。古美術とは隠微なもの。生産の利くものは、本物か偽物かという立脚点に立つことはない。しかし、古美術のように生産に利かないものは、相手の言うことを信じてはいけない。だからものが分かるようになる。



♪碧空♪ マランド楽団
マランド楽団はオランダで始動したタンゴ楽団。1935年、マランドことマリー・アースランドによって結成され、46年から本格的な演奏活動を開始。「オレ・グァッパ」「星降る宵」「グワピータ」など、多数の名曲を生み出し、タンゴのみならずポップスの世界でも人気を博しています。来日経験も豊富で、日本でも確固たる支持を得ています。


今でも、次から次へとやりたいことがある。古希の一年間で俳句を一千句作った。それを今推稿しているところ。次は何に挑戦されるのでしょうか?


☆☆☆☆☆   ☆☆☆☆☆   ☆☆☆☆☆

大切にしている言葉:
「プロは間違っちゃいけない。命がけでやる。」

名言の中島さん。今日もたくさん良いお話をお聞かせ頂きましたが、最後はとっても哲学的で、頭の中がこんがらがってしまいました。「本物しか見ていないから本物が分かる」とおっしゃる中島さん。ご自身もとてもオシャレな本物の紳士でした。

# by crossroadmidori | 2009-11-06 20:19 | 2009.11.06(中島誠之助)

加藤末起子さん(アニメーター)  

今週のゲストは、静岡市出身のアニメーター、加藤末起子さん。最初はとっても緊張されていましたが、地元のお話しでとても盛り上がりました。とにかく明るい笑い声が印象的な加藤さんです。

加藤さんが所属する「白組」は、コマーシャル、映画、ゲームムービーなどの映像を作っている会社。映画の「Always-三丁目の夕日」「Ballad-名もなき恋のうた」などの山崎貴監督が所属していることでも有名です。

「白組」の作品はこちらからどうぞ。>>>http://www.shirogumi.co.jp/?news

その中で加藤さんは
主に手書きのアニメーションを担当。

アニメーションはすごく膨大な作業。アニメには、1秒に30枚の絵が入っているので、15秒のコマーシャルを全部アニメで作ると、450枚の絵が必要。日本のアニメは世界的に高く評価されていて、何か楽しそうな世界に見えますが、とても手間暇がかかる大変な仕事です。静岡市出身で静岡高校から美大へ進学。高校1年の時から美大に行きたいなぁと思い、デッサンなどの基礎を学んだ。一つやりたいことがあったら、それを中心にいろいろなことをやってみたいと思うタイプ。だから高校時代は、美術部ではなく演劇部に入っていた。アニメーションに興味を持ち始めたのは大学に入ってから。飽きっぽい私が15年も続けてこられたのは、アニメと歯磨きくらい。そのアニメを仕事にできていることは幸せだと思う。

悲しみの果て♪:エレファント・カシマシ
アルバム「ココロに花を」

本当に仕事で辛いときに聴く曲。この曲を聴いて、「辛いんだ」ということを認識する。そして頭を真っ白にして、元気を出して仕事をする。



「アニメをやりたい!」と社長にアピール。

「白組」に入社してから、社長に「アニメをやりたい!」とアピールを続けた。そのかいあってアニメーターに。徐々に仕事を覚えて、ものすごく仕事の量も増えてきた。そのおかげでようやく「仕事ができる」ようになってきた気がする。

ムスターファ♪:Queen
アルバム「JAZZ」






2児の母だけど、「夜はいない」のがルール。

ご主人は空間で表現する現代美術のアーティスト。お互いに自分の好きなことを勝手にやっているタイプの夫婦。5才と1才の母親でもある。アニメーターは時間的にハードな仕事なので、子どもができてからは「朝は絶対に家にいる。でも夜はいない」という自分なりのルールを作った。帰りはどんなに早くても夜8時にしか帰れない。それも年に1度か2度。夜、家にいないことは、子どもが生まれたときからなので、子どもも夜は母親がいないものだと思っている。夜の担当は夫。夕飯もご主人が作って食べさせてくれる。

ジャスト・ダンス♪:レディー・ガガ







「将来は、洋服を作る人になりたい」

5才の息子に、「お母さん大きくなったら何になりたいの?」とよく聞かれる。それで、最近一生懸命考えて「洋服作る人になりたいな」と思うようになった。子育てが一段落したら、洋服の勉強をしようと思っている。デザイン、縫製、パターンなど、自分で作れたら楽しそう。とにかく一から作ることが大好き。

アニメーターを目指す人に

あきらめないこと。あきらめたらそこで終わってしまう。会社で何かやりたいことがあったら、社内でやりたいと言い続けること。それから、言っているだけではダメなので、努力も必要。

大切にしている言葉
チャンスは一回


☆☆☆  ☆☆☆  ☆☆☆


5才の子どもにいつも言っている言葉。子どもはあとから「あれをやりたかった」と言いがち。「チャンスは一回」と思えば、その一度のチャンスを大切にするようになる。飽きっぽい私だけど、一回のチャンスに集中してきたと思う。

# by crossroadmidori | 2009-10-30 18:00 | 2009.10.30(加藤末起子)

小椋佳さん(シンガーソングライター)  

リスナーの皆様もご存じの通り、静岡にはとても縁が深い小椋佳さん。音楽作りを始めたきっかけや、舞台、ミュージカルとの出会いなど、人生のターニングポイントについて、じっくりとお話し頂きました。優しい語り口ながら、溢れ出るオーラに圧倒されそうになりました。


オープニングとエンディングの曲は「さらば青春」
この曲は、小椋佳さんのデビュー曲ともいえる作品です。
「青春」というアルバムに収録されたのを皮切りに、ベスト版などにも収録されています。





精力的に音楽、
舞台に取り組んでいる小椋佳さん。
静岡で開催される国民文化祭の
オープニングステージをプロデュース。

普通のコンサートとはちょっと趣向の違う「歌談の会」は、30分ほどのストーリーに歌を入れていくというもの。今年は31箇所で開催。
そして今年はなんと言っても、10月24日から静岡で開催される「国民文化祭」のオープニングステージのプロデュースを担当。75分間のミュージカルが上演されます。歌だけでなく、舞台、ミュージカルへと、どんどん活躍の場を広げています。


山河♪:小椋佳
この曲は、五木ひろしさんの中国公演のために、堀内孝夫さんとのコンビで作られた、スケールの大きな、人生を振り返る曲。五木ひろしさんも、堀内孝夫さんも、小椋佳さんも、かならずエンディングに歌う曲です。「この歌を歌うと、他の歌を歌えなくなってしまいます。」
小椋佳さんのバージョンは、「Debut」「風韻」「未熟の晩鐘」などに収録されています。


レコードデビューのときは、シカゴに留学中。

日本でデビューレコードが発売された当時、ご本人はシカゴに留学中。日本にいない間に評判になっていた。帰国後、コンサートやテレビ出演の話はずいぶんあったけれど、当時は銀行員だったので、演奏活動やテレビ出演をする時間がなかった。
大学生の頃は、一億総サラリーマン化時代などと呼ばれていた。何か創作活動をしたいと思っていたけれど、創作活動を行うためのバックグラウンドが何もなかったので、学生仲間には「インサイダー(企業内)、アウトサイダーの生き方をする」と話していた。


空に星があるように♪:荒木一郎
大学の受験勉強をしていた頃、荒木一郎さんがラジオの番組で、毎週、プロでもないのに自分で曲を作って歌っていた。当時、歌いたくてしょうがないのに歌いたい歌がなかったので、このラジオ番組を聞いて、「自分で作って歌えばいいんだ」と思わせてくれた。



夢中で見た、ブロードウェイのミュージカル。

中2の頃からつけていた日記の中の2〜3行に、メロディーをつけて口ずさんでいたのが曲作りを始まり。本格的に曲作りを始めたのは大学4年生くらいから。
自分で曲を作って発表していくうちに、他の人の曲を依頼されるようになり、だんだんドラマ、映画、舞台へと広がっていった。歌そのものは口先、のど元の表現だけど、ミュージカルは全身の表現。ニューヨークに行ったとき、ブロードウェイ巡りをして、とにかくたくさんのミュージカルを見た。そして、「こんなに素晴らしいものがあるのか」と感動。ミュージカルは、大勢の物作りの人たちが一つのチームになって作り上げていく。そのような人たちと知り合いになり、「小椋佳が言うなら仕方ないな」という人たちが増えていって、舞台を作れるようになった。


愛燦々♪:美空ひばり
これまで、延べ300人の歌い手さんに歌を書いてきたけれど、昭和という時代を振り返ったとき、最大のスターはやはり美空ひばりさん。この曲はCMソングとして作つくったが、それを「美空ひばり」自身の人生を歌っているように感じさせるところが、本当にすごい。


これからも自分の納得できる歌を。

これまで好き勝手に歌作りを続けてこられた。これはとても幸運なこと。マーケットとか流行などに囚われずに、これからも自分で納得できる歌をもっと作っていきたい。


人生で大切にしている言葉
カタツムリ、登らば登れ、富士の山。

一生かかっても夢に向かって一歩一歩進んでいる姿。そういう姿の日々でありたい。

            ☆☆☆  ☆☆☆  ☆☆☆

今後のスケジュール

11/29(日) 「歌談の会」 静岡県:菊川文化会館アエル 開演17:30
菊川文化会館アエル 0537-35-1515

2010年1月から、全国で50公演のコンサート「邂逅」がスタート
http://www.gfe.co.jp/ogla/KAIKO.html

# by crossroadmidori | 2009-10-23 19:15 | 2009.10.23(小椋佳)

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