カテゴリ:2010.01.08(林英哲)( 1 )   

林英哲さん(和太鼓奏者)   

今週のゲストは、和太鼓奏者として世界的に活躍されている林英哲さんです。
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伝統の太鼓に、新しい舞台芸能としての生命を。
いまや世界が認める和太鼓演奏の第一人者の林英哲さん。ご自身が創作・演出・振付をされるコンサートをはじめ、オーケストラに招かれての共演も。海外のオーケストラは今、盛んに太鼓の協奏曲を取り上げてくれるんだそうです。そして、一風変わったところでは、お坊さんへのご指導も。実は林さん、ご実家がお寺で、ご自身も得度をされていて、お坊さんから教えてほしいというお話もよくあるとのこと。今も、真言宗豊山派のお坊さん達に、声明(しょうみょう)と太鼓を一緒にやる演奏会のご指導をされているそうです。
和太鼓というと、お祭りの太鼓のような郷土芸能的なものを思い浮かべる方も多いと思いますが、林さんはそれまで存在しなかった独自の演奏スタイルを創造してきました。「舞台の上で演奏できる、全く新しい舞台芸能としての太鼓というものをやろうと、もう40年近くやっています。太鼓をプロとしてやっていくんだったら、伴奏の打ち手として人生をやるのはつまらない。太鼓だけでメインになるようなやり方にしようということをずっとやってきたんです。

f0207537_19345982.jpg♪「She Loves Youザ・ビートルズ
「最初の歌い出しの頭が『ドドンコドン』と太鼓だけでいきなり歌が入ってくるんですよ。中学一年の時に、このビートルズの曲を初めて聴いて、非常にハマりまして、ドラムをやろうと思ったんです(笑)この曲をきっかけに、スティックと譜面を買ってきて、もう独学でなんとかドラムを打てるようになりたいと思って。それが、今日、この職業に繋がる一番最初のきっかけですね。」


美術を志していた学生時代から一転・・・
大学受験までは、ずっと美術を志していたという林さん。ビートルズをきっかけにドラムを始め、バンドもやっていたけれど、音楽の道に進む気は全くなかったそうです。それが、あるきっかけで太鼓の道に・・・ 「美術大学を目指して東京で浪人をしているときに、佐渡のグループが声をかけてきて『佐渡島に太鼓のチームを結成するから参加しないか。世界中を公演して、ビートルズくらい有名になって稼いで、そのお金で7年後に佐渡島に職人の大学を作ろう。』と。当時の若者にしてみれば、外国に行けるっていうのは夢のような話だった。特に真剣に考えて太鼓を始めたわけではなくて、外国に行けるんであれば、じゃあそういう活動してみよう、と。芸術大学という言い方もしていましたから、そういうものが出来るんであれば、青春の一時期をそういう運動に投じてみるのも面白いかもしれない、というふうに、まぁ魔がさしたというかね(笑)」
しかし、いざ始めてみると、待っていたのは過酷な合宿訓練・・・ 「当時の太鼓はテンポの遅いものばかり。それを体力を徹底的に鍛えて、外国人がビックリするような打ち方にしよう、ということで、毎日マラソンの練習して、4年間修行生活を送って。その間、テレビもラジオも新聞も一切見ない、周りの人とも付き合わない、給料もない、自由行動もない、ただただ365日訓練の日々なんです。

初めての海外公演はボストンマラソン?!
壮絶な修行生活を続けて5年目、とうとう海外公演をする機会が訪れた。「最初の海外公演は、単なる公演ではなかった。ボストンマラソンをフル完走した後に、ゴールで太鼓を打ったんです。アメリカのメディアは大喜びで“マラソンドラマー!修行生活を本気でやっているグループ!”とすごく大きい記事になった。そして、当時ボストン・シンフォニーの音楽監督をされていた小澤征爾さんが、オーケストラと一緒にやろうと声をかけて下さった。僕以外に譜面が読める者がいないような状態だったけれど、そんな状態で、翌年にはボストン・シンフォニーで世界初演の『モノプリズム』という曲をやったんです。それが大成功。お客さんの反応を見てるとね、もう大スタンディングオベーションでしたから。演奏業として太鼓をやるということは、まだ未知数だけど可能性があるんだな、と思った。美術を志していたから、ちょっと絵筆がバチに替わったけれども、全く新しいことを創作するという意味では意義のあることじゃないか、と。それで本腰入れてやろう、と。」
そして、林さんは“パフォーマンスとしても面白く、見ても面白く、打楽器演奏としても音楽的なバリエーションが出せるような奏法”を自身で作り上げていった。大太鼓を斜めからではなく、真正面から打つというスタイルも、その一つ。体力的にもきつく、指揮者と同じで、ずっと背中をお客さんに向ける打ち方。印象深いこのスタイルは、非常に高く評価されている。


f0207537_19453363.jpg♪「飛天遊」林英哲 with オーケストラ♪
松下功さんが作曲された曲。「ひてんゆう」と読む。「サントリーホールで僕の25周年のコンサートをやった時のライブの録音です。全編オーケストラ曲を太鼓が一緒にやるというコンサートで、僕がカーネギーホールでやった曲とか、今まで海外でやったいろいろな曲を一晩でやっているので、結構大変だったんですけど(笑)」



お母さんのお腹の中で聴いた音。
太鼓が他の楽器と違うところ。それは、世界のいたるところに、その土地の太鼓の音があるということ。太鼓のない民族というのはほとんどいないそうです。「今まで世界40数カ国で公演をしていますが、どんなに文化が違っても、言葉が違っても、肌の色が違っても、お客さんが大喜びっていうのは、まず日本のもので太鼓だけじゃないでしょうかね。」
変な言い方かもしれませんが、太鼓の音を聴いていると、私はグっと引っ張られるような眠気になることがあります。これにも理由があるようです。それは、赤ちゃんの時に、お母さんのお腹の中で聴いた心臓の音に近いということ・・・「今生きてる人たち全員お母さんのお腹にいて、ああいう音を聴いていたわけです。文化や言葉が違っても、みんな原体験の音は同じ。」  人間の本能に訴えかけるような原始の音。だから、人々に本能的に受け入れられるのですね。


f0207537_19531953.jpg♪「太鼓打つ子ら」林英哲
「八丈島に太鼓の囃子歌というのがある。もともとは陽気なテンポのいいものなんですが、これを新しく僕が歌詞をつけてスローで歌っています。サントリーホールでは、これをオケバックで生で歌いました。」




大切にしている言葉 “まず一歩を踏み出せ

「僕は気が小さくて、結構億劫なんで、信条としていつも思ってるのは“まず一歩を踏み出せ”ということ。そして、“そうすれば神が助けてくれる”。一歩踏み出す勇気さえ持てば、例えば電話一本かけることで人生変わるかもしれない。手紙を一通書くことで、物事が動き始めるかもしれない。運命を神様が助けてくれるようになるから。結局こういう表現の仕事っていうのはね、自分がやりたくても、努力もしたけど、報われないことだってあるわけですよ。価値が目方で量れないような分野ですから。そうすると結局上手くいくかどうか、誰も保障できないけれども『君がやる気があれば、きっと神様は助けてくれるよ』っていう。

☆☆☆     ☆☆☆     ☆☆☆

お話にもあがった真言宗豊山派の200名のお坊さん達との共演(千響 ~いのちのひびき~)をはじめ、今後も公演の予定が目白押しの林英哲さん。皆さんも、生の音の迫力と感動を味わいに、ぜひ劇場に足を運んでみてはいかかでしょうか?
   
小松原庸子スペイン舞踊団創立40周年記念“HIBIKI” ―西と東―
会場:東京・新国立劇場 中劇場
1月8日(金)19:00開演、1月9日(土)14:00開演/18:00開演(2回公演)

みずほフィナンシャルグループ 第21回 成人の日コンサート 2010
会場:東京・サントリーホール
1月11日(月・成人の日)15:00開演

芸術監督 野村萬斎企画 邦楽コンサート 獅子虎傳阿吽堂vol.5
会場:東京・世田谷パブリックシアター 
1月28日(土)15時開演/19時開演(2回公演)

千響 ~いのちのひびき~
会場:東京・サントリーホール
2月4日(木)19:00開演、2月5日(金)19:00開演

詳細は、林英哲さん公式HPの公演情報をご覧下さい。
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by crossroadmidori | 2010-01-08 20:43 | 2010.01.08(林英哲)