カテゴリ:2010.04.16(加藤登紀子)( 1 )   

加藤登紀子(歌手)   

今週のゲストは、女性から見てもとっても素敵な魅力を持ってらっしゃる加藤登紀子さんを2週に渡ってお迎えしてお話をお聞きしました。
f0207537_1731681.jpg


■加藤登紀子  ♪赤い風船♪
今日のオープニング曲は加藤登紀子さんが1966年にレコード大賞新人賞を受賞された曲です。

歌手生活45周年!
歌手生活45周年を迎えられた登紀子さんもデビュー当時はまだ大学生。新聞記者の皆さんからは芸能界には向かない、1年くらいでしっぽを巻いてやめちゃうんじゃないのと言われて、5年は頑張るって言い返してた登紀子さん。
そんな登紀子さんも結婚して子供をつくったら、また新しい世界がはじまるかもしれないと思い、1972年には一度引退をされています。
でも子供が出来て復帰した時は「もう本当に歌いたくて、歌いたくて、あぁ、こんなに私って歌いたかったのかなぁ。」って実感されたそうです。
最初は歌手の道一筋で、これで一生生きるぞぉって気持ちがなかったので、45周年って言うのが不思議な感じだったそうですが、いまでは死ぬまで歌っていたいなあって気持ちで一杯だそうです。
いまは45周年のコンサートツアーと新曲が発売されるのでキャンペーンに走り回っている登紀子さんですが、「鴨川の自然王国」や「佐渡のトキの環境自然大使」など、歌手以外でも活動されていらっしゃいます。
登紀子さんは「人はとどんな仕事を持っていても半分は命する時間が必要だよね。」と思いながらやってきているそうです。

■加藤登紀子 ♪ひとり寝の子守唄♪
1969年にレコード大賞歌唱賞を受賞された曲です。

1968年は歌手として本気になるきっかけとなった年
1968年は登紀子さんが「本当に、あんたやれるの?!」って悲壮な気持ちになった年。世の中にいっぱいフォークソングが出て来た時期で、世の中が本当にいろんなことが変わったった頃だったそうです
そんな時に、新宿のアンダー・グラウンド・シアター蠍座で寺山修司さんの演出で公演をしていた浅川マキさんと出会い衝撃を受けた。以後、浅川マキさんとは大親友になったそうです。
世の中はすごく華やかな時期、それとは裏側、陰陽な関係、反社会的なものとのせめぎ合いみたいなものがあり、お二人は、その真っただ中にいたそうです。

■浅川マキ  ♪かもめ♪
寺山修司さんの書いた詞。登紀子さんは寺山修司さんとも親好が深かったそうです。

若者が威張っていた時代、未知なるものに向かって何か創っていた時代。
若者が寺山修司さんのような権威がある人に対しても「なに、このへんなおっさん」みたいに、ビクビクせずに接することが出来た時代。ウキウキするような気持ちやワクワクするような表現がつまらないものになってはいけないってラジオやテレビでも思っていた時代。とってもおおちゃくなことが、むしろ歓迎されていた。当時「ハプニング」と言う言葉が生まれて、何が起こるかわからないような番組演出もあったそうです。
世の中がまだ、出来上がっていなかったから自由だった。とても楽しい時代ではあったそうです。

アマチュアリズム
音楽の場合でも大作曲家がつくった曲を流行歌手が歌ってるスタイルだったけれど、今の時代を表現するには、それじゃ追いつかない。自分たちの気持ちを歌うにははまらないみたいなものがあって、新しい時代を若い人たちがどんどんつくっちゃった。いままで、出来上がってきた権威・カタチをいつもどこかで打ち破るのはアマチュア。時代でスタンダードだと言われているものから、ちょっと一歩踏み出したり、壊したりするのはアマチュアリズムで、自分はその真っただ中から出てきた歌手だと思う。その時の自分と今やろうとしていることを比べても、そんなに変わらない。45年もやったんだから大御所でしょと言われても、時代に対してなにか新しいものをつくりたいなあって思った時に、それが新しいか古いかの問題じゃなくて、専門家じゃなくてもいい。人はみんな生きているわけだから、生きていることの中から生まれてくるものであれば誰がつくってもいい。そんな気持ちで今も歌をつくっているので、アマチュアリズムの究極でいいわって思ってらっしゃるそうです。

■加藤登紀子 ♪君が生まれたあの日♪
加藤登紀子さんの新曲。

来週も引き続き加藤登紀子さんをお迎えして、素敵なお話を伺います。

■加藤登紀子 ♪百万本のバラ♪
今日のエンディング曲は加藤登紀子さんの百万本のバラです。
[PR]

by crossroadmidori | 2010-04-16 18:35 | 2010.04.16(加藤登紀子)