カテゴリ:2010.05.14(佐々木秀実)( 1 )   

佐々木秀実(シャンソン歌手)   

今週は朝の番組でもおなじみのシャンソン歌手、佐々木秀実さんをお迎えしました。
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シャンソンはフランスの歌謡曲?
シャンソンに馴染みのない方も多いかと思いますが、フランスの歌謡曲のことをさしてシャンソンと言うそうです。日本のみなさんには堅い、上品な音楽のイメージがあるかと思いますが、秀実さんにとってシャンソンとは「言葉が伝わる音楽」、歌詞を伝えることがなによりもしたいと思っていらっしゃるそうです。
実は私はシャンソンが大好きなんです。シャンソンは舞台を観るような感じ。その光景が見えてくるようです。
秀実さんのライブ活動の場は大きなコンサートホールであったり、小さなライブハウスであったり、大きなライブハウスでは表現出来ないような曲もあるので、どちらも大切な場所だそうです。
ライブでは同じ曲であっても毎回違った歌になる。それがライブの醍醐味だそうです。

■佐々木秀実 ♪夢物語♪
佐々木秀実さんの新曲。日本のオリジナルのシャンソンが出したいと思いストーリーを描いて、秀実さんが作詞もされた曲です。

シャンソン歌手になるきっかけは?
ご実家が料亭だった関係もあって、最初はどどいつとか端唄とか小唄などの邦楽だったそうです。中学校2年生の時に声帯のそばに腫瘍ができてしまい、もしかすると声が出なくなるかもしれない手術を4回もされたそうです。歌を歌うことしか考えてこなかった子供が声を無くしてしまうことが凄く辛かったそうです。秀実さんは1年近く学校と病院が一緒になっている施設にいたのですが、末期がんであったり、小児ぜんそくであったり、さっきまで一緒に勉強していた友達が、ちょっと苦しいからって帰って来ないことも。子供心にもショックだったし、生と死について凄く感じていた。声がでなくなるかもしれない最後の手術の前日の夜にお母様がシャンソンの女王「エディット・ピアフ」のCDと自叙伝を持って来てくれた。秀実さんが歌を歌って生きていきたいと誰よりも知っていたのはお母様。お母様は秀実さんに「エディット・ピアフ」の波瀾万丈の人生、どんなに辛いことがあっても生きてきた、歌ってきた「エディット・ピアフ」の人生を与えようとしたと思ったそうです。

■エディット・ピアフ ♪ 愛の讃歌♪
秀実さんのお母様が手術の前日の夜に持って来てくれたCD。シャンソンをはじめるきっかけとなった曲です。

シャンソンに目覚めた?
もし、声が治ったら「愛の讃歌」みたいな歌が歌いたい。シャンソンが歌いたい。治った後に東京で仕事として歌謡曲を、でもどうしてもシャンソンを勉強したいと思い半年程度ですがフランスへ。でもシャンソンは教えるものではないと言うことでフランス歌曲・クラッシックを教える学校に通いながら、ジャズ、クラッシック、演劇、毎日、なにかしら見に行った。でもコンサートでは観光化されていて本来のシャンソンはやっていなかった。シャンソンが生き残っていたのはパリの街の中だった。街の片隅のアコーディオン弾きであったり、雑踏の中でアカペラで歌っていたり。フランスに行っている間にシャンソンをフランス語で歌って行くか悩んでいる時期があったけど、海外で生活すると日本人であることを意識した。シャンソンを日本人として日本の言葉で歌いたいと思って、いまは9割以上は日本語でシャンソンを歌っているそうです。

日本では独特なジャンルだと思われているシャンソン。聞くととても面白いジャンル。まずは知ってもらいたい。
だからいろんなところで歌ったりしゃべったりすることが大切だと感じて、いろんな活動を続けているそうです。

将来の夢は?
まだ、シャンソンを知らない人たちにシャンソンに届けたい。生ものの歌を裏切らずに歌っていきたい。秀実さんが「エディット・ピアフ」の歌を聴いて、人生が変わったように、感動を与えられる歌を歌って行きたいそうです。

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大切にしている言葉  “慈愛”
秀実さんの祖母が残してくれた言葉。世の中は便利になっていても悲しいニュースが多く、殺伐とした時代。だからこそ、人の心を思いやったり、やさしさだったり、心配したり、愛したり、そんな事が大切に思える。
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by crossroadmidori | 2010-05-14 18:38 | 2010.05.14(佐々木秀実)