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武田双雲(書道家、パフォーマンス書道・アーティスト)   

武田双雲(たけだ そううん) 大切にしている言葉  “すべてを遊びに”
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           伝えたがり屋、感動屋だった子供時代

“今、カーテンの揺らぎ方が奇麗ですよ” と言って授業を止めるような生徒。何にでも感動して言葉にするけれど、誰にも伝わらなくて皆が少しづつ引いて行く。いつも変なものを作るから美術の成績も悪い。だから自分は不器用で、もの作りやデザインは無理だと思っていた。それで東京理科大学・理工学部を出てNTTにサラリーマンになった。

               名刺屋のお兄さん!

先輩に頼まれて作った名刺を皆に褒められた。毛筆で書いたその名刺を見せた時の歓声。その時の感動は言葉にならないくらい。自分が人と感動を分かち合いたいけれど出来ないという、25年間溜め込んでいたものがその時に弾けた!!! それで会社をやめちゃった。書道家になろう!なんて思っていない。ただ“名刺を作ろう!”それだけ。

           ストリートミュージシャンとの出会い
             -パフォーマンス書道誕生!-

横浜駅の路上でサックスを吹いていたつぼけんさん。なぜか涙が出てそこから動けなくなった。「どうして路上で吹いているんですか?」って話しかけて質問ぜめに。彼に惚れちゃった。「一緒に路上に出させてください!」それで翌日から路上に出ちゃった。


     「強さとは自分を自由にコントロールする力といえないだろうか」
       「複雑なことをシンプルに吐き出そう」「瞬間を味わう」

  f0207537_1193510.jpg「書」は、100時間しゃべっても伝わらないものを、それ以上に伝えることができるコミュニケーション。受け手の想像力に委ねる部分が多いから、相手との感性の繋がり具合を探りながら書いている。ストレートに心に響く、シンプルに削ぎ落とされた言葉。〈たのしか〉

「愛」って言葉も、今日,明日、明後日と意味が変わる。愛って与えることより,受け取ることの方が難しいのかな。愛はいつも側にあったんだと気がつく。それを素直に受け止めればいいだけなのに、人はどうして遠くに愛を探すのかなあ。

f0207537_1124591.jpg書道教室では、生徒さんが好きな音楽を聞きながら書いている。かしこまる。姿勢を正す。気品があるってとっても大切なこと。だけど楽しくそれぞれのスタイルで書いていく、そんな書道教室があってもいいんじゃないかな。〈書倫道ー双雲流自由書入門〉

人の心はいつも揺れているから、上機嫌でいるってむずかしい。刹那的に盛り上がった上機嫌はただの興奮で終わるけど、上機嫌でいられれば、安定やゆとりが生まれてプラスの連鎖が起きる。おだやかな安定した上機嫌をつくる!それがテーマ。

自分の中に溢れる思いを「書」で伝える人が出来ことの幸せ。受け取ってもらえることの幸せ。この役割を与えられたことの幸せ。「書」を教えてくれた母にも感謝。道端で見つけた小さい花。マクロレンズで捉えた蟻。家の中の傷。普段見えないものを見つけた時の感動。日常の中にある感動をみんなと分かち合いたい。


                すべてを遊びに!

子供を見ていると、朝起きることも、歯磨きすることも。食べることも、おもちゃを片付けることも何でも遊びに変えてしまう。やんちゃな遊びというよりも、味わうような遊びながら、瞬間瞬間を大切に生きていきたいな。


060.gif大丈夫だよ/川島あい
アーティストとしてメッセージ発信するという場面で、僕は「大丈夫」って言葉を書いた。彼女はこの曲を提供した。このままでいいんだよ,大丈夫!という素晴らしい曲。
060.gifThat Old Feeling/チェット・ベイカーChet Baker 書道教室でよくかける曲。 
060.gif春夏秋冬/泉谷しげる
CDジャケットを書いたり,お寺でコラボレーションしたり。吉田拓郎さんと同じ段階の世代。あの世代特有の爆発力、元気の元を知りたくて、貴重な話を聞かせてもらっている。

                ★ ★ ★ ★ ★ ★

溢れる感性の持ち主、武田双雲さん。向かい合っておしゃべりしながら、その豊かな感性をびんびんと肌で感じました。私たちは自分の中にある感性をどれだけ引き出せているのだろうか?もっと自由に表現してみよう!とそんなことを思いました。。。
        
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by crossroadmidori | 2009-05-29 10:29 | 2009.05.29〈武田双雲〉

野坂暘子(野坂昭如夫人、シャンソン歌手、元宝塚女優)   

野坂暘子(のさかようこ)
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大切にしている言葉 “昨日より明日,明日よりもっとその先が大事”



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「リハビリ・ダンディ」
 -野坂昭如と私 介護の二千日-

“介護に楽しかったり面白かったりすることなんてないのよ。マジックなんてないの。でも
辛いなんて書いたって面白くないでしょ”

“でも書いていたら楽しくなって、
自分でも笑いながら書いていたのよ”



「リハビリ・ダンディ」、なんて素敵なタイトルなんでしょう。編集者と一緒に決めたとおっしゃったけれど、夫である野坂昭如さんを一番良く知る奥様、暘子さんならではのセンスが光るこの本の中身は、並みはずれたご夫婦の笑いに満ちたものでした。

          あなた、私がいるわよ。大丈夫!

脳梗塞で倒れられた野坂昭如さんとのリバビリの日々を綴られた「リハビリ・ダンディ」に込められた思い。“昨日より今,今より明日。少しで良い方向へ夫を導きたい。介護の大変さの中でそこに貫かれているのは、夫に対する尊敬と愛情。どうしてこんな事に・・・、どうして私だけが・・・、そんな後ろ向きな言葉はどこにもありません。

          “鬼軍曹になって敬礼ごっご”

「野坂は怠け者なの。いつも途中で数をごまかす。だから鬼軍曹になって命令するの。野坂は二等兵。部下は上官には逆らえないでしょ。 でも途中でふたりで笑い出しちゃって。いくつ数えたかなんて分からないの。おかしな夫婦ね。」

「敬礼はどなたがしても背筋が伸びるからいい運動よ。 右手が不自由だから生意気だけれど野坂の言葉を聞き取って代筆しているの。野坂の署名、今の方が格好いい!言葉が少しはっきりしない。特にラリルレロがね。でもそれがフランス語的で素敵なの!」

「介護は忍耐そのもの。でも諦めない。頑張るって言葉は好きじゃなかったけど、今は朝起きると、さあ頑張ろうと思う。落ち込むのは簡単。這い上がるのは大変だから留まらないと。頑張ることは力を入れることではなくて、力を抜くこと。」

暘子さん一流のユーモア。きっと根っからの“ネアカ”。そして野坂昭如さんとのご夫婦ならではの強い絆を感じます。昭如さんの「黒の舟歌」を聞きながら、“素敵でしょう!歌、うまいでしょう!”と。。。そんな暘子さんも、まだお子さんが小さい時に、商店街でマリリン・モンロー・ノー・リターン」が聞こえてきたりすると、恥ずかしくて大慌てして逃げ出したのだとか・・・・。

            野坂昭如、歌手活動再開!

実は、野坂昭如さんは、“クロード・野坂”と名乗って、その昔、美輪明宏さんと同じ〈銀パリ〉で歌ったことがあるとか。「どうしてクロードなの?」の問いに「僕はシロート(素人)ではない!」と答えられるほどの歌手

今もお風呂で「クロード・野坂さん一曲お願いします。」と云うと「僕のギャラは高いよ!」とかえされるのだそうです。だから“リハビリソング”で歌手活動再開を目論んでいる。作曲家にお願いしている曲名は“大介護”。「介護する人が歌うのよ」と楽しそうに話される暘子さん。

            “野坂暘子、ミニコンサート”

暘子さんは今も自ら経営するギャラリーYMAで、シャンソンを歌われています。月に2回ほどのミニコンサート。“人前で歌うことは緊張する、それが良い刺激。私のリハビリなの”。

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060.gif「とてもいいわ」野坂暘子
060.gif「黒の舟歌」野坂昭如 
060.gif「銀パリ物語」野坂暘子
 
           
             “大切にしている言葉”

「今、何もかもが大事。野坂との日々の暮らし。一瞬一時の触れ合い。ここにいること。嫌なことは忘れちゃう。さっきよりこの先。昨日より明日。自分で自分を褒めてあげること。」 一言では云えないとおっしゃって最後に、“宝塚時代、地方公演の旅の中で静岡が一番好きだった!劇場もホテルも食べ物も全部!”と云う、お嬢さんからのメッセージも伝えてくださいました。

          ★★★ ★★★ ★★★ ★★★

野坂暘子さんは、昨日より明日。明日がよくなることを考える。大変だろうなあと思うことを笑って話される強さ、人を包みこむ優しさ、明るさ。野坂昭如さんに対する深い愛情。女性として憧れてしまう素敵な女性でした。
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by crossroadmidori | 2009-05-22 19:20 | 2009.05.22〈野坂暘子〉

浅香光代(俳優・浅香流演劇舞踏 家元・武蔵野学院大学客員教授)   

浅香光代(あさかみつよ)大切にしている言葉 “どうもありがとうございました。”

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         〈“旭日双光章”受賞おめでとうございます〉
             -葉桜の母に見せたや授章式-

受賞を知って、母が生きていたらどんなに喜んだだろう。“浅香光代”を支えるためにどれだけ親が苦労したか、と今は亡き母親に向けて詠んだ句 葉桜の 母に見せたや 授章式 。浅香光代一座を支えるために金銭の苦労もあったけれど「今日までこれたのはみなさんのおかげ。」と謙遜する浅香光代さん。

             〈植木等さんの思い出〉
             今月は支払い大丈夫なの?

いつも心配してそう声をかけてくださった植木等さんは、亡くなる前に浅香さんの側にいらしたのだとか・・・。お弟子さんには見えない(防犯カメラに映った)植木等さんの姿が浅香さんだけには見えたのだそうです。亡くなるまで自分のことを心配してくれたと話された浅香さん。そんなことがあった後、別な友人が夢に出てきて慌てて電話したらお元気でね、とユーモアたっぷり。

           〈武蔵野学院大学客員教授〉
         小学校3年まで行ってないけどいいの?

「だから魅力なんです!」と言われて引き受けた浅香さんは、9歳で、浅香新八郎、森静子に弟子入り、14歳で浅香光代一座の座長。そして女剣劇全盛時代を築きあげ、現在は「演劇舞踊・浅香流」を率いる家元。最近の子が親を思わない,親も子を思わない風潮に一言・・・・。

『大学生を前に、何だ、てめえら!って言っちゃうの。親は、お願いだから朝起きて学校行って!なんてね。“親孝行しなよ。しっかりしろ”ってはっきり言ってやるのよ。』と浅香節炸裂。でもね、おかげさまであっちこっちの大学から、お座敷がかかるのよ。

           〈女剣劇全盛時代〉
            ああ、女剣劇!
            
舞台も見ないで「ああ,女剣劇ね!」なんて言われ方してね。でもね、新国劇島田省吾、辰巳柳太郎先生や、十一代目 市川團十郎さんにご縁があって。團十郎さんは(海老蔵さんの時に)浅草常磐座の舞台を見に来てくれて、それから可愛がってもらって、お家芸の“勧進帳”を(衣装もそっくり作ってくれて)演舞場でやらせてくれた。

新派の花柳章太郎先生も、川口松太郎先生の新派の作品も随分やらせてもらって、私が本当に今日まで来れたのは先生方のお力。笑いながら“女がイイ訳じゃないのにね。”私はいつでも幸せ。今日はいろいろあっても明日は晴れる。雨は3日も続かないって思って生きてるのよ。

             〈“みつよ”だから34歳〉

舞台で怪我をして50針縫った時に,お客さんに待っていてもらったことがある。でも最近は「どうですか、お怪我は? 」でなくて 「どうですか。お身体は?」って聞かれるのが嫌。私はまだ34歳なのに・・・・。じじいだとかばばあだとか言っちゃだめよ。

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060.gif人生まだまだ/浅香光代
060.gifひとり旅/浅香光代
060.gifあんたがストレス/浅香光代、世志凡太

 
              


母の言葉--「学校に行っていなくたって“どうもありがとうございました”って書けるじゃないか」と言われたという浅香さんは、お客さんに必ず巻紙で手紙を書かれる。それを額に入れて飾る人もいると笑っておしゃいました。今の時代だからこそ巻紙に、どうもありがとう。の気持ちを込めて。
      
-9歳で弟子入りする時に-
おはようございます。ありがとうございました。いらっしゃいませ。すみません。お疲れさま。言葉は5つ以上話さない。余計なことは話さない。人にはいつも笑顔で。そう言われて育ったから、大切にしている言葉は、“どうもありがとうございました。”


f0207537_6262546.jpg   〈浅香光代 浅香洸雪 師弟絵画展〉
   -みんな元気をもらいにきなよ。あたしゃ待ってるよ-
     5月27日(水)~6月2日(火)
         
     元気のない時代だから元気を出す!
 パワーのかたまり浅香光代さんに説得力溢れる言葉を頂きました。
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by crossroadmidori | 2009-05-15 01:08 | 2009.05.15〈浅香光代〉

イッセー尾形(俳優)   

イッセー尾形(いっせい おがた)
大切にしている言葉 “どんな瞬間にも意味のないことはない” 
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私が「最初にテレビでイッセー尾形さんを観たのは “お笑いスター誕生”でした」と切り出しましたら、どうして芝居を始めることになったのか、と云ういきさつをとても丁寧にお話してくださいました。

    2度の挫折(?)の後で・・・

大学受験に失敗。しょんぼり小田急線に乗って、外を見つめながら “どうしようかなあ” 。そして自宅浪人。でも早い話、ひとりじゃどうやって勉強したらよいか分からなくて挫折。“じゃあ,ギタリストになろう!”でもそれは勉強よりもっと早く挫折。渋谷でビル掃除のアルバイトをしていた時、本屋さんで見つけた “あなたも役者になれる”の文字。パントマイムをしていた女の子が一緒に働いていて、“パントマイム教えて” なんて言いながら、なんとなく人前で演じる予感のようなものがあった。そして渋谷の地下3階にあった演劇学校へ。試験はないし。。。もう挫折しなくていいんだ!!! その時の思い、“まざまざと風化しないで残ってるなあ” 

    森田雄三さんとの出会い!

19歳の時出会って、いろいろあって一旦別れて、でも偶然に再会して、最終的にまた一緒に仕事。“やっぱり役者をやりたいなあ”という思い。それで一人役者と一人演出家が誕生。28歳の時でした。それからシロウトとでも大丈夫らしいというので、大騒ぎして「お笑いスター誕生」に出て、でももう楽屋裏ではいっぱいいっぱいの気持ち。だって他の人は漫才、漫談、コントとスタイルがあって、ギャグもオチも分かる笑い。だからもういっぱいくじけそうになった。でもディレクターに言われた。「ギャグなんて向いていない。お前のいいところは、普通の人の日常をさりげなく丁寧に切りとるところだ。」

    もう何人くらい演じているのですか?
         
あと数年で800人くらいになるのかな?まず自分の中で「こういう奴はいるのか?」と聞いてみる。自分の中でいつもそういう禅問答。「いるだろう」と確信が持てたら、誰が観ても「あんな奴居るなあ」という反応がある。現実ではない。舞台での出来事。でも舞台の中にいる人はその辺りにいそうな人。それが外せないところ。でも時々外してしまうこともある。“あれ誰?”みたいな。そんな時は舞台の上で大慌てする。これはやり直ししようや、みたいなね。

作品は、お客さんの前に出してみないと分からない、笑ってもらえるかどうかの保証がいっさいない。そこが楽しくてやっている。

舞台の上だから笑っていられるけど、実際は居て欲しくない人。そういう歪んだ部分を演じるとお客さんが喜んでくれる。そんなことは出来ないし、そんな奴は嫌いなんだけれど、そういう人間を演じる掟破りの快感。自分がやろうとしている何かがそこにある。でもその答えは見つけないようにしている。自分が何をやるのか分からない、お客さんも何が出て来るのか分からない。そんな状態を延々引っぱり続けていきたいと思っている。
   

    舞台の袖で次の衣装に着替える!

最初は簡単に着替えられたんだけど、イタカジ・ファッションが出てきてからサラリーマンの洋服もいろいろ。女性の洋服もボタンとか肩パッドとか。。。演じる人物の幅が広がるからたいへん。初めて見る観客は次は何をするのかという期待感で楽しんでくれる。
  
    大切にしている言葉は、
“どんな瞬間にも意味のないことはない”そう思って余生を過ごそうかな。損得をとっぱらって、人生のどんな瞬間にも意味があるというプラス思考で楽しんでいこうと思っている。   

    静岡公演(静岡焼津文化会館/5月30日、31日)は、ラインナップを    考え中です。久しぶりだからベスト版をやろうかなと思っている。
          

         
f0207537_1585246.jpgマックス・ラーベ&パラストオーケストラ  



060.gif#3 Kein Schwein Ruft Mich An
060.gif#2 You Are The Cream In My Coffee
060.gif#15 Annabell




 
       ☆☆☆☆☆☆  ☆☆☆☆☆  ☆☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆           

イッセーさんがご自分のこと以上に熱心に話された、マックス・ラーベさん。イッセーさんは彼とドイツで出逢って仲良くなられたそうです。その後、彼と彼のオーケストラを初めて日本に招き、今年の夏は3回目のコンサートがあるそうです。

「私が“まだ番組に慣れなくて”と言ったら、“慣れない方がいいよ。慣れない自分を新鮮に楽しめば!”と素敵な言葉をくださいました。皆さんも一瞬一瞬を楽しみましょうね!
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by crossroadmidori | 2009-05-07 21:08 | 2009.05.08〈イッセー尾形〉

天野安喜子(宗家花火鍵屋15代目)   

天野安喜子(あまのあきこ)
大切にしている言葉 “人への感謝”
     
      宗家花火鍵屋15代目。日本大学芸術学部・芸術学博士学位取得。
    柔道福岡国際女子選手権大会 銅メダル。北京オリンピック柔道競技審判員。
     
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              宗家花火鍵屋
              創業(萬治2年)1659年
               今年で350年目

歴史ある家業を継いだ、鍵屋初の女性当主。北京オリンピックでは女性初の柔道競技審判員。何かと“女性初”のキャリアを持つ天野安喜子さんは、元気いっぱいエネルギー溢れる江戸っ子!という感じで登場。スタジオが一気に華やいだ感じになりました。

日大芸術学部を卒業した芸術学博士。花火を総合芸術として捉えている花火師。そして、小学校3年生のお子さんの母でもあるから、才母と言うのが正しいのかもしれませんが、才媛という言葉がふさわしい雰囲気をお持ちの方でした。

             花火の歴史は鍵屋の歴史

1695年というのがどういう年なのか、イメージを掴もうとおもって調べてみました。なんと徳川幕府はまだ4代目家綱の時代。そして大石内蔵助が生まれた年。そんな年に鍵屋は江戸の花火屋として誕生。打ち上げ花火はまだなく、手持ちのおもちゃ花火だったそうです。やがて、花火を丸く開かせたり,色をつけたりと工夫が重ねられ、鍵屋は“江戸花火”を育てていったのです。

               鍵屋の由来
             守り神はお稲荷さん

京都・伏見稲荷の門前に鍵と玉をくわえたおきつねさんがいて、のれん分けの際に本家は“鍵”、分家には“玉”と言うことで、ふたつの屋号が誕生。私たちの耳に馴染むかけ声、“鍵屋”“玉屋”。 玉屋はのれん分けした分家だったのですね。

            大きくなったら花火師になる!
             初めての女性当主誕生

小学校2年生から「花火師になる!」と言っていた。でもそれは花火が好きというより、父の姿が格好よかったから。自宅にある柔道場で慕われる父も、学校のPTA会長の父の姿も全部が格好よかった。祖母からは女性は不浄のものだから、火の神が宿る現場には入ってはいけないと言われていたけれど。。。“女性でもできる”という時代になった。15代目曰く「私はラッキーだったのです!」 こうして、初めての女性の当主が誕生したのです。

               花火は怖い!

花火師にとってまず大事なことは、「花火は怖い!」といういうことを知ること、そしてその次に「花火が好き!」という気持ち。いかに危険な仕事であるかと言うことを改めて感じる言葉でした。花火製造の勉強を2年。修行に終わりはないから、好奇心があれば一生が修行。人が喜ぶものを創るのは、人ができることだから。そして奇麗で良い花火を作るだけが仕事なのではなく、大切なのはコミュニケーション。それを14代目の父の姿からたくさん学んだと云う15代目。

               花火と音楽

15代目のこだわりは花火大会の会場に流す音楽にもありました。観客の皆さんに躍動感を伝えるオープニングの音楽。場面を盛り上げる音楽。そして花火のテーマ(たとえば“雲海に浮かぶ富士”)に対する観客の皆さんの千差万別のイメージをどうやって方向付けるのか? そんな工夫と努力、こだわりを15代目は花火の中に込めて打ち上げているのです。
(*第33回江戸川区花火大会)

             
             花火の特質は色と形と光と音
               花火は光の芸術

花火の特徴は大きく分けると3種類。色は赤・緑・青・黄・紫・金・銀の7色が基本。そしてまさに身体全体で受け止める花火の音。活力が芽生える音。ストレス発散の音。花火は心の写し鏡だと云う言葉があるけれど、音の振動から得る感動を伝えるのが花火師の仕事。そして醍醐味なのでしょう。その命がけの花火師の仕事があってこその感動を私たちはじっくりと味わいたいものです。15代目天野安喜子さんの言葉は、人に感動を与える仕事にかける情熱に溢れていました。今年の夏の花火はひと味違ものになりそうです。

                大切にしている言葉
                “人への感謝”

          ここまで来れたのは皆さんの応援のお陰だから。
          皆さんから頂いたご支援にどう恩返しができるか、
            それを心にいつも前に進んでいる。


                 好きな曲は?
  
   060.gifアバ「ザ.ウィナー」
    柔道の審判で海外へ行く時に機内で聞く曲。気持ちが盛り上がって、
    “よーしやるぞ!”という気持ちになる。

   060.gif澤野弘之「貧乏男子オリジナル・サウンドトラック
     (Back to the Starting Point)」
    花火大会で花火打ち揚げと共に流す音楽。オープニングスタートの合図。
  
   060.gifサザンオールスターズ「TSUNAMI」
   小学校3年生の娘が5歳の時から口ずさむ曲。
   一緒に車で出かけるときにせがまれて何度もかける。
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by crossroadmidori | 2009-05-01 01:00 | 2009.05.01〈天野安喜子〉