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加藤末起子さん(アニメーター)   

今週のゲストは、静岡市出身のアニメーター、加藤末起子さん。最初はとっても緊張されていましたが、地元のお話しでとても盛り上がりました。とにかく明るい笑い声が印象的な加藤さんです。
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加藤さんが所属する「白組」は、コマーシャル、映画、ゲームムービーなどの映像を作っている会社。映画の「Always-三丁目の夕日」「Ballad-名もなき恋のうた」などの山崎貴監督が所属していることでも有名です。

「白組」の作品はこちらからどうぞ。>>>http://www.shirogumi.co.jp/?news

その中で加藤さんは
主に手書きのアニメーションを担当。

アニメーションはすごく膨大な作業。アニメには、1秒に30枚の絵が入っているので、15秒のコマーシャルを全部アニメで作ると、450枚の絵が必要。日本のアニメは世界的に高く評価されていて、何か楽しそうな世界に見えますが、とても手間暇がかかる大変な仕事です。静岡市出身で静岡高校から美大へ進学。高校1年の時から美大に行きたいなぁと思い、デッサンなどの基礎を学んだ。一つやりたいことがあったら、それを中心にいろいろなことをやってみたいと思うタイプ。だから高校時代は、美術部ではなく演劇部に入っていた。アニメーションに興味を持ち始めたのは大学に入ってから。飽きっぽい私が15年も続けてこられたのは、アニメと歯磨きくらい。そのアニメを仕事にできていることは幸せだと思う。

f0207537_13411349.jpg悲しみの果て♪:エレファント・カシマシ
アルバム「ココロに花を」

本当に仕事で辛いときに聴く曲。この曲を聴いて、「辛いんだ」ということを認識する。そして頭を真っ白にして、元気を出して仕事をする。



「アニメをやりたい!」と社長にアピール。

「白組」に入社してから、社長に「アニメをやりたい!」とアピールを続けた。そのかいあってアニメーターに。徐々に仕事を覚えて、ものすごく仕事の量も増えてきた。そのおかげでようやく「仕事ができる」ようになってきた気がする。

f0207537_13493679.jpgムスターファ♪:Queen
アルバム「JAZZ」






2児の母だけど、「夜はいない」のがルール。

ご主人は空間で表現する現代美術のアーティスト。お互いに自分の好きなことを勝手にやっているタイプの夫婦。5才と1才の母親でもある。アニメーターは時間的にハードな仕事なので、子どもができてからは「朝は絶対に家にいる。でも夜はいない」という自分なりのルールを作った。帰りはどんなに早くても夜8時にしか帰れない。それも年に1度か2度。夜、家にいないことは、子どもが生まれたときからなので、子どもも夜は母親がいないものだと思っている。夜の担当は夫。夕飯もご主人が作って食べさせてくれる。

f0207537_13561835.jpgジャスト・ダンス♪:レディー・ガガ







「将来は、洋服を作る人になりたい」

5才の息子に、「お母さん大きくなったら何になりたいの?」とよく聞かれる。それで、最近一生懸命考えて「洋服作る人になりたいな」と思うようになった。子育てが一段落したら、洋服の勉強をしようと思っている。デザイン、縫製、パターンなど、自分で作れたら楽しそう。とにかく一から作ることが大好き。

アニメーターを目指す人に

あきらめないこと。あきらめたらそこで終わってしまう。会社で何かやりたいことがあったら、社内でやりたいと言い続けること。それから、言っているだけではダメなので、努力も必要。

大切にしている言葉
チャンスは一回


☆☆☆  ☆☆☆  ☆☆☆


5才の子どもにいつも言っている言葉。子どもはあとから「あれをやりたかった」と言いがち。「チャンスは一回」と思えば、その一度のチャンスを大切にするようになる。飽きっぽい私だけど、一回のチャンスに集中してきたと思う。
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by crossroadmidori | 2009-10-30 18:00 | 2009.10.30(加藤末起子)

小椋佳さん(シンガーソングライター)   

リスナーの皆様もご存じの通り、静岡にはとても縁が深い小椋佳さん。音楽作りを始めたきっかけや、舞台、ミュージカルとの出会いなど、人生のターニングポイントについて、じっくりとお話し頂きました。優しい語り口ながら、溢れ出るオーラに圧倒されそうになりました。
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f0207537_1931482.jpgオープニングとエンディングの曲は「さらば青春」
この曲は、小椋佳さんのデビュー曲ともいえる作品です。
「青春」というアルバムに収録されたのを皮切りに、ベスト版などにも収録されています。





精力的に音楽、
舞台に取り組んでいる小椋佳さん。
静岡で開催される国民文化祭の
オープニングステージをプロデュース。

普通のコンサートとはちょっと趣向の違う「歌談の会」は、30分ほどのストーリーに歌を入れていくというもの。今年は31箇所で開催。
そして今年はなんと言っても、10月24日から静岡で開催される「国民文化祭」のオープニングステージのプロデュースを担当。75分間のミュージカルが上演されます。歌だけでなく、舞台、ミュージカルへと、どんどん活躍の場を広げています。


f0207537_1939255.jpg山河♪:小椋佳
この曲は、五木ひろしさんの中国公演のために、堀内孝夫さんとのコンビで作られた、スケールの大きな、人生を振り返る曲。五木ひろしさんも、堀内孝夫さんも、小椋佳さんも、かならずエンディングに歌う曲です。「この歌を歌うと、他の歌を歌えなくなってしまいます。」
小椋佳さんのバージョンは、「Debut」「風韻」「未熟の晩鐘」などに収録されています。


レコードデビューのときは、シカゴに留学中。

日本でデビューレコードが発売された当時、ご本人はシカゴに留学中。日本にいない間に評判になっていた。帰国後、コンサートやテレビ出演の話はずいぶんあったけれど、当時は銀行員だったので、演奏活動やテレビ出演をする時間がなかった。
大学生の頃は、一億総サラリーマン化時代などと呼ばれていた。何か創作活動をしたいと思っていたけれど、創作活動を行うためのバックグラウンドが何もなかったので、学生仲間には「インサイダー(企業内)、アウトサイダーの生き方をする」と話していた。


f0207537_19515021.jpg空に星があるように♪:荒木一郎
大学の受験勉強をしていた頃、荒木一郎さんがラジオの番組で、毎週、プロでもないのに自分で曲を作って歌っていた。当時、歌いたくてしょうがないのに歌いたい歌がなかったので、このラジオ番組を聞いて、「自分で作って歌えばいいんだ」と思わせてくれた。



夢中で見た、ブロードウェイのミュージカル。

中2の頃からつけていた日記の中の2〜3行に、メロディーをつけて口ずさんでいたのが曲作りを始まり。本格的に曲作りを始めたのは大学4年生くらいから。
自分で曲を作って発表していくうちに、他の人の曲を依頼されるようになり、だんだんドラマ、映画、舞台へと広がっていった。歌そのものは口先、のど元の表現だけど、ミュージカルは全身の表現。ニューヨークに行ったとき、ブロードウェイ巡りをして、とにかくたくさんのミュージカルを見た。そして、「こんなに素晴らしいものがあるのか」と感動。ミュージカルは、大勢の物作りの人たちが一つのチームになって作り上げていく。そのような人たちと知り合いになり、「小椋佳が言うなら仕方ないな」という人たちが増えていって、舞台を作れるようになった。


f0207537_2031122.jpg愛燦々♪:美空ひばり
これまで、延べ300人の歌い手さんに歌を書いてきたけれど、昭和という時代を振り返ったとき、最大のスターはやはり美空ひばりさん。この曲はCMソングとして作つくったが、それを「美空ひばり」自身の人生を歌っているように感じさせるところが、本当にすごい。


これからも自分の納得できる歌を。

これまで好き勝手に歌作りを続けてこられた。これはとても幸運なこと。マーケットとか流行などに囚われずに、これからも自分で納得できる歌をもっと作っていきたい。


人生で大切にしている言葉
カタツムリ、登らば登れ、富士の山。

一生かかっても夢に向かって一歩一歩進んでいる姿。そういう姿の日々でありたい。

            ☆☆☆  ☆☆☆  ☆☆☆

今後のスケジュール

11/29(日) 「歌談の会」 静岡県:菊川文化会館アエル 開演17:30
菊川文化会館アエル 0537-35-1515

2010年1月から、全国で50公演のコンサート「邂逅」がスタート
http://www.gfe.co.jp/ogla/KAIKO.html
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by crossroadmidori | 2009-10-23 19:15 | 2009.10.23(小椋佳)

菊地幸夫さん(弁護士:番町法律事務所)   

今週のゲストは、テレビの「行列のできる法律相談所」でおなじみの菊地幸夫弁護士。スタジオにいらっしゃってからお帰りになるまで、ずっと笑顔で物腰もやわらかく、優しさがにじみ出てきます。

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ライフワークになった、トライアスロン。
「行列ができる法律相談所」の企画で紹介されたトライアスロンはライフワークの一つ。きっかけは健康維持管理のためだったけど、今では毎年一度か二度大会に出るために、限界まで練習をする。限界まで追いつめられると、何が大切なのか、誰が大切な人なのかが見えてくる。

f0207537_11231876.jpgニューヨークの少年サイモン&ガーファンクル
高校一年の時。癌で母を亡くしたころの曲。サイモン&ガーファンクルの活動から徐々に離れていくガーファンクルへの、ポール・サイモンからのメッセージ。自分から離れていく人へのメッセージという歌詞の内容と、「アー」とういサウンドが、天国の母からの声のように感じる、印象深い曲。
アルバム「明日に架ける橋」に収録されています。


弁護士への道は、まさに難行苦行。
司法試験について、当時は「苦節十年」という言葉がよく出てきた。六年に亘って一日十時間以上勉強を続け、その間は親のすねをかじり、ほぼ引きこもり状態。途中で何度止めたいと思ったか分からない。司法試験は一日一日を重ねていかないとゴールにたどり着かない。一歩一歩進まなければゴールにたどり着けないトライアスロンと同じ。

司法試験に合格するまで、
5年間結婚を待ってくれた妻。

2度目の司法試験受験の頃から、今の妻との交際が始まる。試験に合格したら結婚を申し込もうと思っていたが、5年間も待たせることになってしまった。その間、妻は文句一つ言わずに待っていてくれた。

f0207537_11404428.jpg海を見ていた午後荒井由実
週に一度か二度しか彼女に会えなかった、司法試験受験勉強当時の思い出の曲。歌詞の中に出てくるレストラン「ドルフィン」に、早くいつか妻と行ってソーダ水を飲みたいと思っていた。11月の合格発表の後に、彼女の仕事帰りに落ち合って、喫茶店でプロポーズ。その後大急ぎで翌年の2月には結婚式を挙げた。アルバム「ミスリム」に収録されています。


f0207537_11512311.jpgファイト中島みゆき
司法試験受験のために辛い日々が続き、あきらめかけていた時期、彼女がプレゼントしてくれた中島みゆきさんのカセットテープの最後に入っていた曲。この曲を聴いて、涙が流れてきた。おかげさまで翌年の司法試験に合格!中島みゆき様々。そして妻様々!
アルバム「予感」のラストの曲です。


夢は持ち続けることが大切。
夢があることは、それ自体が素晴らしいこと。その夢に近づくために、多少挫折してもあきらめずに一歩一歩努力すれば、いつかは突破できる日が来ると思う。

大切にしている言葉:継続は力なり


            ☆☆☆  ☆☆☆  ☆☆☆

明るさと優しさがとても印象に残った菊地先生。難しい法律関係のことも、優しく相談に乗って下さるのだろうな、と感じました。何かあったら、そとのきはよろしくお願いします。
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by crossroadmidori | 2009-10-16 10:36 | 2009.10.16(菊地幸夫)

稲本正さん(オークヴィレッジ代表取締役)   

私の大学の先輩でもある稲本さん。とても気さくで雄弁な方で、OAされていないところでも、楽しいお話をたくさん聞かせて頂きました。


大切にしている言葉心に緑の惑星を

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28才でスッパリと物理学者の道をあきらめて、
飛騨高山へ。

35年前に飛騨高山にて、
   「お椀から建物まで」
   「100年掛かった木で100年使える物を」
   「子ども一人、ドングリ一粒」

の3つの合い言葉でオークヴィレッジを設立。

物理学者を目指していた大学時代。でも、「物理学は天才の学問。25才までに新しい発見がなかったらダメ。ダメなときは止めた方が良い」ということで、28才のときに飛騨高山へ行き、木で物を造るという、まったく違う世界に飛び込んだ。その頃「地球環境がダメになっていくということが分かっていたので、地球環境に貢献できることを始めたい」という思いから、オークヴィレッジを設立する。

オークヴィレッジのHP
http://oakv.co.jp/index.html



お椀、家具、家から、アロマにも取り組む。
オークヴィレッジでは、合い言葉の通り、木でお椀、家具、家までを造っている。
そして今年、アロマを商品化。爪楊枝の材料になる「クロモジ」という木の香りが、ローズウッドとほとんど同じ事を発見。山椒は柑橘系のとても良い香りがでる。その他十数種類のアロマを日本の木から抽出して商品化した。
それが、オークヴィレッジから9月26日に発売された「結香」(yuica)
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yuicaのホームページ
http://www.sei-plus.com/



オークヴィレッジは世界へ。
友人である永六輔さんに、オークヴィレッジじゃなくて日本語の名前にしなさいと言われていたが、当時から世界中に発信することを考えていた。「yuica」はアメリカと共同開発したもの。はじめから海外に出ようと思っていた。日本人が良いと思うものは、世界でも認められる。「yuica」も、海外での評価が高い。
地球の環境が変わって、人の気持ちも壊れてきている。だから人間が豊かになるような仕事を続けたい。自然とふれあい、自然から造られた物を使うと、心が平らになる。

f0207537_145855100.jpg同じ長さなのに音が違う木を使った木琴を発売。見る、聞く、触れる、嗅ぐ、味わう。まさに「五感で楽しいオークヴィレッジ」を実現しています。






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~稲本正さんが選んだ癒しの3曲~

f0207537_15405455.jpg明日に架ける橋♪ (サイモン&ガーファンクル
「橋のたもとがどんなに荒れていようとも、橋を架けよう」という歌詞が、飛騨高山で仕事を始めたときの心境にピッタリの曲。
アルバム「明日に架ける橋」より。





f0207537_15412376.jpgPlease Mr. Postman♪ (カーペンターズ)
この曲はもともとビートルズの曲。ビートルズが好きで、ずっとマッシュルームカットだった。今回のリクエストはカーペンターズのプリーズミスターポストマン。カレンの声が独特な響きで癒される。いつも仕事しているけど、その合間の安らぎたいときに聴く曲。




f0207537_1543133.jpgジュピター♪ (平原綾香
癒されつつ、気持ちが宇宙に広がっていく曲。
デビューアルバム「ODYSSEY」の中の一曲です。






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by crossroadmidori | 2009-10-09 16:26 | 2009.10.09(稲本正)

北口正人さん(株式会社 阪神コンテンツリンク 常務取締役)   

この番組のゲストの方としては久しぶりに、スーツ姿で登場の北口さん。「阪神コンテンツリンク」という会社の役員でいらっしゃいますが、どんなお仕事をなさっているのか…。音楽好きの方にはうらやましい、楽しいお話しが盛りだくさんです!
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大切にしている言葉「We make every guest happy」

「ビルボード・ライブ」の開業を手掛ける。
北口さんは、東京の六本木ミッドタウンにある「ビルボード・ライブ」(http://www.billboard-live.com/)の開業を手掛けました。ブルボードクラブは、阪神コンテンツリンクが音楽事業の一環として、アメリカのビルボードとマスターライセンス契約を結んで開業したクラブ&レストラン。「ビルボード」という名前からもわかるとおり、アメリカのヒットチャートにのるような海外の有名なアーティストの演奏を聴きながら食事もできるのです。現在は東京の六本木ミッドタウンと、大阪のハービスPLAZA ENTの2箇所で営業しています。

ビルボード東京はステージの後ろが大きなガラス張りになっていて、ステージが終わるとカーテンを開けて、夜景が見えるようになっています。素敵な空間の中で、上質なライブを楽しめる、とても贅沢でオシャレ!
「いいライブを小さい会場で聴いてもらいたい。アーティストの方にも、空気感を味わってもらえるので、好評」。
「ビルボード・ライブ」は、オープン以来、洋楽だけだったのですが、邦楽を聞きたいという声が多くなったので、今年の4月くらいから日本のアーティストも登場するようになりました。

累積赤字が5億になったら、会社をつぶす。
このお仕事について、「別に好きな仕事というわけではない…」とおっしゃる北口さん。阪神電鉄に入社して、「ブルーノート」を日本で開業することになり、その担当者に指名されて、「最初は断りました。自信がなかったけど、辞令なので…。」
会社との約束は2つ。累積赤字が5億円になったら会社をつぶすことと、全て直営でやること。」電鉄会社で、だれもこんな事業をやったこともなかったので、最初は本当に誰も何も知らなかった。オスカー・ピーターソン、ジョニー・ベレットなどのそうそうたるアーティストと、値段も分からないところで交渉。「相手は海外なので交渉も大変だし、英語なんか使ったことはなかった。」というところからのスタートでした。

f0207537_16174636.jpg「Aja(エイジア)」スティーリー・ダン

「ビルボード・ライブ」のオープニングアクト
ビルボード・ライブは東京と大阪がほぼ同時に開業したため、準備は大変だったのですが、スティーリー・ダンは昔から好きだったので一度呼んでみたかった。



60日間のアメリカ滞在で受けた
カルチャーショック

音楽に目覚めたきっかけは、1977年、高校一年の時にボーイスカウトの活動でアメリカに60日間滞在したとき、イーグルスやグラハム・セントラル・ステーションの音楽に触れたこと。アメリカでの60日間はまさにカルチャーショック。日本に戻ってきてからまったく勉強しなくなった。滞在先のバークリーでは16才からドライブもできるしみんな銃を持っていた…。

大学の卒論は「ジャズとアメリカ経済史の関係」
高校の軽音楽部の中にビッグバンドがあったので、そこでドラムスを担当していました。そして日本に戻って初めて見たコンサートが「バディ・リッチ」。ビッグバンドで8ビート、16ビートのグルーブ感があるサウンドを聴いて、そこから音楽ばかり聴いていました。大学ではフュージョンに傾倒して、ジェントル・ソーツ、シー・ウィンド、カシオペアなどをコピー。卒業論文は「ジャズとアメリカ経済史の関係」

f0207537_16191737.jpg「Nuttville」バディ・リッチ

「Nuttville」が収録されているアルバム「THE ROAD OF ‘74」

バディ・リッチは本当に印象的。コンサートを見たとき、長方形で音が飛んでくるような感じがした。のってくるとステージ、壁、お客さんの頭、何処でもたたく。
本当にすごいヒト。

全くの素人集団でスタート。
会社をつぶさなくて済んだ

阪神電鉄に入社して、「ブルーノート」の開業を担当。
「そこから苦労が始まりました。」
なんと言っても、素人集団でのスタート。レストランなのでサービスも必要だし、お客さんも集めなくてはいけないし、全て手探りで運営を行っていきました。
「ブルーノート=ジャズでなくても良いのではないか」ということで、幅広いジャンルのアーティストを呼ぶようになり、3年目で黒字転換。会社をつぶさなくて済みました。


ビルボード・ライブと阪神タイガース?
その後、阪神電鉄のグループである阪神タイガースのコンテンツビジネスも任されることに。阪神タイガースについては、それまでグループの中に、様々なコンテンツに関する権利がなかったのだそうです。そこでテレビ中継、カレンダー、携帯サイトなどのコンテンツを管理するようになりました。

ビルボード・ライブと阪神タイガースに、こんな結びつきがあったなんて…。

f0207537_16243226.jpg「Give me the night」ジョージ・ベンソン

ジョージ・ベンソンは大阪ブルーノートのオープニングアクト。
大阪ブルーノート開業の3ヶ月前に、入国管理の法律が変わったため、ジョージ・ベンソンが来日できないかも知れないという事態になった。オープンの前日、書類を持って香港へ迎えに…。その書類がないと入国できないという状況だった。

社員をどう守れるか
好きなことを仕事にできるということは、幸せなことだと思います。ブルーノートの仕事をしている頃、友人達と異業種交流会に参加。そこで浜松市の鈴木市長とも交流を持つようになりました。そんな出会いあって、これまでがんばることができました。
会社の中でまったく新しい事業にトライすることには、それなりの苦労がありました。基本的には、会社の上層部は事業の内容が分からないので、結果を求められことになります。黒字であれば文句は言われないのですが、ときどき上層部から社員に対して理不尽な要求を出されることもあります。そんなとき、「社員をどう守れるか」ということを大切にしてやってきました。

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大切にしている言葉:We make every guest happy
これは、会社全体のスローガンでもあります(http://www.hcl-c.com/)。ゲストの皆様全員に、幸せな気持ちでライブを聴いていただく。そのためには、お客さんをお迎えする方も、幸せな気持ちでお客様と接しなければいけませんね。

時折見せる鋭い目が印象的な北口さん。最初は「好きな仕事ではない」と仰っていましたが、音楽の話をしているときの表情は、「音楽大好き」そのものです。好きなことを仕事にできたことの喜びと、だからこそ、直面するさまざまな問題に立ち向かって、事業を成功させることができたのだろうと感じます。
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by crossroadmidori | 2009-10-02 16:25 | 2009.10.02〈北口正人〉