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アグネス・チャン(歌手)   

今週のゲストは、デビュー当時から大ファンだったアグネスさんです。結構緊張しました。

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現在の活動は?
3月16日に32年ぶりの武道館コンサートをおこなったアグネスさん。8000人が集った平和コンサート。「楽しかった。感動した。」、「有意義だったなぁ。いい時間でした。」、アグネスさんの言葉が印象的でした。
コンサートツアーの他にも講演会やテレビ・ラジオ、ボランティア活動。日本対がん協会のほほえみ大使、日本ユニセフ協会の大使は1998年から13年間も続けていらっしゃいます。
それ以外にも4月にはオークランド・インターナショナルカレッジの学園長にもなられています。「アジアの子供たちを世界的なリーダーに。」その夢を持っている方々の気持ちに賛同し、感銘を受けて、同校を視察、アジア・ヨーロッパの多国籍な教師陣や学生が楽しそうに勉強している姿を見て学園長就任を快諾したそうです。

■アグネス・チャン ♪あなたの忘れ物♪
アグネスさんが作詞・作曲をされている最新曲です。久しぶりのラブソングです。

いろいろな顔をお持ちで多忙なアグネスさん。その原点は?
歌手であり、ユニセフの活動や学園長、おかあさんでもあるアグネスさん。「ちっちゃい時は暗い子だった。」。以外な言葉でした。二人の優秀なおねいさんたちに比べられて、自信もなく極端な照れ屋で人見知りだった。でも中学校の時にボランティア活動に参加して、いろんな子供たちとふれあっていくうちに明るくなっていった。「私も照れて、子供も照れていると何も始まらない。私も暗くて、子供たちも静かだと何も始まらない。」。その事に気づいたから明るくなれたそうです。いろいろな問題を抱えて大変な子供たちが凄く頑張っていた。考えてみたら自分は凄く恵まれていたことに気づいた。子供たちのために食べ物を集めたくて、学校のお昼休みに歌を歌っていたら香港で話題になってスカウトされた。
アグネスさんの原点はボランティア活動だったんですね。
軽い気持ちで歌ったらヒットして、気がつくと歌手になっていた。アグネスさんにとっては、ある日突然の出来事だったようです。

日本に来ることになったきっかけは?
上のおねいさんが女優だったのですが、日本でも映画が上映されたりレコードが販売されていて、平尾正明さんとも縁があり、平尾さんが香港を訪れた時にアグネスさんのテレビ番組に出演、スカウトされて日本でデビューされました。

■ジョニィ・ミッチェル ♪ サークル・ゲーム ♪
アグネスさんの香港でのデビュー曲です。

日本デビュー、そして活動?
ひなげしの花で日本デビューをされて、数々のヒットを出されたアグネスさんですが、家族と離れて、最初は言葉も通じない日本でホームシックになったけど、歌があったから支えられた。ステージに立って歌を歌っている時が一番素直な自分でいられた。その後、おとうさまの勧めもあって芸能活動は休止しカナダの大学へ留学。留学中におとうさまが亡くなられて、おかあさまを助けたいと思い日本にカンバックされました。その後は芸能活動をしながらボランティア活動。「歌っていうのは海を越えて、国境を越えて、人間のこだわりを越えて、心を結ぶことができるんだなぁ」。そのことに気づいたことで、歌で平和をと言う気持ちを決めて、1985年にエチオピアへ行った事が人生を変えたようです。
その年、エチオピアは干ばつと内戦で100万単位の人々が飢えて死んでいきました。
「目の前で沢山子供がなくなりました。人々はほんとに骨と皮しかないみたいなカタチで。ほんとに同じ世の中に、こうゆうような状況が起きているのか。これ繰り返されたら困るって、ほんとに本気で思えるようになって、それから本格的にボランティア活動を始めたんです。」。アグネスさんは、それからは出来るだけ、アフリカやアジアを中心にいろんな場所へ行ってボランティア活動に参加しています。1998年に日本ユニセフ協会の大使に就任し、毎年、必ず一回は訪ねていらっしゃる。
エチオピアへ行った時は現状を知りたいと言う気持ち。いまは「子供たちを助けたい。」。そして現状を見て「帰ってきて、みんなに報告して、みんなに理解してもらって、そうすると援助する力も大きくなるのかな」って思われています。

☆☆☆     ☆☆☆     ☆☆☆


大切にしている言葉  “毎日が誕生日”
2007年に乳がんの手術を受けたアグネスさん。それからは毎日がありがたくて、感謝をしているそうです。
朝、起きたら「Happy birthday too me」。今日が生まれた日だと思って精一杯生きる。
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by crossroadmidori | 2010-05-28 18:35 | 2010.05.28(アグネス・チャン)

伊藤純子(フリーマガジン womo編集長)   

今週のゲストは、フリーマガジンwomo編集長の伊藤純子さん。静岡で働いている方はゲストとして初めてです。

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womo編集長って、どんなお仕事?
伊藤さんはwomoにかかわるようになってまる3年。編集長の仕事もいろいろあって、毎回、特集があるのですが、かなり前からスタッフと打合せをしながら決めていく。特集を、どうゆうカタチでつくっていくのか、みんなで相談しながらカタチにしていく。役割分担を決めたりスケジュールをつくったりディレクターのようなお仕事。他にも雑誌のコンセプトにそった表現のチェックもするそうです。

お仕事は楽しい?
時間に追われている感じのある仕事ですが、静岡や浜松の読者から「今月号は面白かったよ」とか、ハガキやメールをいただくのは凄く嬉しい。街で読者の意見など直接聞ける時、「womo大好きです」って言っていただける読者も沢山いるので、そういう人たちと会って、声を聞いたり表情見たりする時が一番幸せな時、日頃の苦労が吹き飛ぶ時だそうです。

■Crystal Kay ♪恋に落ちたら♪
都内の広告代理店で働いていた時、徹夜も多く今よりも激務だった頃に、この曲を聞いて、頑張ろう!って励まされた曲だそうです。

静岡に来たきっかけは?
伊藤さんの生まれは秋田県の大館。都内の大学に進学して代理店に就職、広告代理店の5年間は企画を考える仕事。結婚することになり、ご主人が静岡の方だったので、静岡へ住むことになったそうです。誰も友達や知り合いもいない場所だったので、仕事をした方がいろんな知り合いも出来る、新しい何かが開けると思い転職活動をしていた時に「しずおかオンライン」の社長とお会いする機会があり入社することになったそうです。
最初の1年目は旅行ガイドの編集をさせていただき2年目からwomo編集長をまかせられたそうです。

編集長の想い。
同じ女性として、womo読者の女性たちに情報を提供することで、悩んでいることがあれば解決しくれたら嬉しい、もっと楽しんで静岡や浜松の毎日を過ごしていただければ嬉しい。その思いだけで編集長をやられているそうです。

■DREAMS COME TRUE ♪ うれしはずかし朝帰り ♪
伊藤さんはドリーム・カム・トゥルーが大好き。バンドを組まれていたこともあるそうです。

これからの夢や希望は?
静岡や浜松の女性と、もっと間近にふれあえるような企画をやっていきたい。例えば、静岡の働く女性のために仕事のスキルアップや刺激になるようなイベントが出来ればと考えているそうです。

☆☆☆     ☆☆☆     ☆☆☆


大切にしている言葉  “思い立ったが吉日”
伊藤さんは思いついたら即行動したくなるタイプ。思いついたら変だったりおかしなことじゃなければまずはやってみたいそうです。
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by crossroadmidori | 2010-05-21 18:44 | 2010.05.21(伊藤純子)

佐々木秀実(シャンソン歌手)   

今週は朝の番組でもおなじみのシャンソン歌手、佐々木秀実さんをお迎えしました。
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シャンソンはフランスの歌謡曲?
シャンソンに馴染みのない方も多いかと思いますが、フランスの歌謡曲のことをさしてシャンソンと言うそうです。日本のみなさんには堅い、上品な音楽のイメージがあるかと思いますが、秀実さんにとってシャンソンとは「言葉が伝わる音楽」、歌詞を伝えることがなによりもしたいと思っていらっしゃるそうです。
実は私はシャンソンが大好きなんです。シャンソンは舞台を観るような感じ。その光景が見えてくるようです。
秀実さんのライブ活動の場は大きなコンサートホールであったり、小さなライブハウスであったり、大きなライブハウスでは表現出来ないような曲もあるので、どちらも大切な場所だそうです。
ライブでは同じ曲であっても毎回違った歌になる。それがライブの醍醐味だそうです。

■佐々木秀実 ♪夢物語♪
佐々木秀実さんの新曲。日本のオリジナルのシャンソンが出したいと思いストーリーを描いて、秀実さんが作詞もされた曲です。

シャンソン歌手になるきっかけは?
ご実家が料亭だった関係もあって、最初はどどいつとか端唄とか小唄などの邦楽だったそうです。中学校2年生の時に声帯のそばに腫瘍ができてしまい、もしかすると声が出なくなるかもしれない手術を4回もされたそうです。歌を歌うことしか考えてこなかった子供が声を無くしてしまうことが凄く辛かったそうです。秀実さんは1年近く学校と病院が一緒になっている施設にいたのですが、末期がんであったり、小児ぜんそくであったり、さっきまで一緒に勉強していた友達が、ちょっと苦しいからって帰って来ないことも。子供心にもショックだったし、生と死について凄く感じていた。声がでなくなるかもしれない最後の手術の前日の夜にお母様がシャンソンの女王「エディット・ピアフ」のCDと自叙伝を持って来てくれた。秀実さんが歌を歌って生きていきたいと誰よりも知っていたのはお母様。お母様は秀実さんに「エディット・ピアフ」の波瀾万丈の人生、どんなに辛いことがあっても生きてきた、歌ってきた「エディット・ピアフ」の人生を与えようとしたと思ったそうです。

■エディット・ピアフ ♪ 愛の讃歌♪
秀実さんのお母様が手術の前日の夜に持って来てくれたCD。シャンソンをはじめるきっかけとなった曲です。

シャンソンに目覚めた?
もし、声が治ったら「愛の讃歌」みたいな歌が歌いたい。シャンソンが歌いたい。治った後に東京で仕事として歌謡曲を、でもどうしてもシャンソンを勉強したいと思い半年程度ですがフランスへ。でもシャンソンは教えるものではないと言うことでフランス歌曲・クラッシックを教える学校に通いながら、ジャズ、クラッシック、演劇、毎日、なにかしら見に行った。でもコンサートでは観光化されていて本来のシャンソンはやっていなかった。シャンソンが生き残っていたのはパリの街の中だった。街の片隅のアコーディオン弾きであったり、雑踏の中でアカペラで歌っていたり。フランスに行っている間にシャンソンをフランス語で歌って行くか悩んでいる時期があったけど、海外で生活すると日本人であることを意識した。シャンソンを日本人として日本の言葉で歌いたいと思って、いまは9割以上は日本語でシャンソンを歌っているそうです。

日本では独特なジャンルだと思われているシャンソン。聞くととても面白いジャンル。まずは知ってもらいたい。
だからいろんなところで歌ったりしゃべったりすることが大切だと感じて、いろんな活動を続けているそうです。

将来の夢は?
まだ、シャンソンを知らない人たちにシャンソンに届けたい。生ものの歌を裏切らずに歌っていきたい。秀実さんが「エディット・ピアフ」の歌を聴いて、人生が変わったように、感動を与えられる歌を歌って行きたいそうです。

☆☆☆     ☆☆☆     ☆☆☆


大切にしている言葉  “慈愛”
秀実さんの祖母が残してくれた言葉。世の中は便利になっていても悲しいニュースが多く、殺伐とした時代。だからこそ、人の心を思いやったり、やさしさだったり、心配したり、愛したり、そんな事が大切に思える。
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by crossroadmidori | 2010-05-14 18:38 | 2010.05.14(佐々木秀実)

森田清子(株式会社 森田オフィス 代表取締役社長)   

この番組にも出ていただいているイッセー尾形さんが所属する事務所の社長兼プロデューサーの森田清子さんをお迎えしてお話を伺いました。
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イッセー尾形さんの公演でしか活動していないプロデューサー?
森田さんと森田さんのご主人でもあられる演出家の森田雄三さんとイッセー尾形さんの3人でアマチュア時代から活動されていたそうです。お客さんも入らないから公演の資金も自分達で調達していたそうです。松坂屋 静岡店へも1週間勤めたこともあるそうです。イッセー尾形さんの一人芝居の誕生は、森田さんの出産がきっかけ。森田さんにお子さんが出来て働けなくなり資金調達も難しくなったため最後の公演をやることになり、その公演でイッセー尾形さんがやったのが「一人芝居」だそうです。
その後、テレビの勝ち抜き合戦にだしたら「一人芝居」が認められたのですが、テレビの仕事だけでは食べてはいけなかったので、アルバイトをしながらの生活は続いたそうです。
当時、イッセー尾形さんと森田雄三さんのスケジュールを把握しているのが森田さんしかいなかったので、なんの知識もなく現場仕事がはじまったそうです。

■マックス・ラーベ&パラスト・オーケストラ ♪白い船のいる港♪
2006年にイッセー尾形さんの招きで初来日し話題となった、12人編成のオーケストラ。日本語のCD300枚の中からラーベさんが選んだトップ1だそうです。

私たちはとてもシャイ?
森田さんもご主人もイッセー尾形さんもとてもシャイな方々で、人とお話をすることがほとんどないそうで、イッセー尾形さんのスタッフも積極的に社会参加ができないシャイなみなさん。そんなみなさんで南は沖縄から北は北海道まで年間100ステージの興行を組んでいらっしゃいます。興行は全て自分たちでやっている。いまでは1ヶ月半あれば、どこでも興行できるそうです。

■マックス・ラーベ&パラスト・オーケストラ ♪ 夜来香(イエライシャン) ♪

これからの活動は?
年間100以上の公演をこなしていらっしゃる森田さんたちですが、海外の方たちを招聘するNPOラララを立ち上げたそうです。これは森田オフィスの若いスタッフのみなさんが理事をやられている。いま、スタッフのみなさんはイッセー尾形さんの公演の仕事しかされていない。スタッフのみなさんの将来を考えて設立されたそうです。

■マックス・ラーベ&パラスト・オーケストラ  ♪ 野球小僧 ♪

☆☆☆     ☆☆☆     ☆☆☆


こころがけなければならない言葉  “あなたはどうなの?”
いまイッセーさんやオフィスのみんなにかけている言葉。表現をしないと相手には考えやこころは伝わらない。
どんなことでもいいから言ってね。どんな表情でもいいから出してね。
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by crossroadmidori | 2010-05-07 18:40 | 2010.05.07(森田清子)