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清水市代(女流棋士)   

今週のゲストは、 女流棋士6段、女流王位・女流王将のタイトルをお持ちの清水市代さんをお迎えしました。私は将棋が全然わからないのですが、楽しいお話を伺えました。

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現在の活動は?
収録の時、清水さんは女流王位のタイトル防衛戦の真っただ中。女流王位戦は2ヶ月くらいかけて全国を転戦、1回の対局は朝8時から始まって夜の8時から9時まで、長時間に渡って続きます。5番勝負で3勝した方がタイトルにつけます。
対局には平常心・集中力が大切ですが、以外だったのが将棋は頭脳スポーツとも言われていて、凄く体力も使われます。清水さんはタイトル戦で1局で1から2キロ体重が減るそうです。一見、座っているだけに見える将棋ですが、身体の中は燃焼しているんですね。
一週間に1局あると対局は多いほうですが、作戦をたてたり、相手のことを調べたり、シュミレーションをしたり、1局のための準備は一週間以上かかるので、ほとんど毎日、将棋のことを考える生活。凄いですよね。

■モーツアルト ♪ フルート四重奏 第1番 ニ長調 K285より 第1楽章♪
清水さんはクラッシックが詳しいわけではないのですが、将棋で頭を使ってがくたくたになった時に、頭を休めるために聞いている曲です。

棋士になったきっかけは?
対局が終わった後は、身体は凄く疲れているのに、対局の事を思い出して頭が冴えてしまって眠れなくなる清水さん。
そんな大変な棋士になろうと思ったのは?
「自分の力で切り開いていけるというか、盤上、たった、凄く小さい81マスの盤上なんですけれど、その中で自分の考えがどんどん表していけますし、頭を使う事も好きだったので魅力を感じまして。」
そもそも清水さんの将棋との出会いはお父様が将棋の教室を開いて子供たちに教えていたこともあり、小さい頃にお転婆だった清水さんに落ち着きを持たせるため、礼儀作法を教えるために始めさせたことがきっかけです。
清水さんがプロ棋士になろうと思ったのが中学三年生の時です。プロを目指すには遅い年齢で、多くの皆さんは小学校低学年からプロを目指し弟子入りをし修行しているようです。
清水さんがプロを目指す事にお父さまは大反対。
お父様が反対した理由を清水さんは
「父は将棋と言うのは、やっぱり、教えた時に、将棋は人生勉強の宝庫だよって教えてくれたんですね。将棋を通じて社会に役立つ事や、たとえば集中力とか応用力、いろんな事を身に付けて欲しくて教えてくれたので、プロに入ると勝ち負けにこだわらなくてはいけないので楽しんでさせない。一生、私には楽しんで将棋をさしてもらいたかったので強く反対されましたね。」
でもお父さまの心配とは裏腹に清水さんは
「職人気質と言うか、自分の腕ひとつで切り開いていけるというか、上にまでのぼっていけるっていう世界に凄く魅力を感じてしまって、勝ち負けがはっきりつくところが逆に自分の性格にもあっていたというか。」
お父さまがプロ棋士の世界は男性社会なので女性がその中でやっていくのがどれほど大変かを説明したことに対しても
「なおさら、それで火がついちゃって、女性に向いてない世界なら、なおさらやりがいがあるじゃないって思っちゃったんですね。厳しさも知らず。」

厳しい修行時代
プロの棋士に弟子入りをする事から始まるのですが、スタートが遅かったこともあり、寝る時間を削っての修行。具体的に教えてくれる訳ではなく、技は自分で見て覚える世界。手取り足取り教えてくれたものは身に付きにくいから兄弟子たちもわざと厳しくしてくれてて、頭で覚えるのではなくて身体で覚える勉強方法。それは将棋の世界だけではなくて、マニュアルで教えられたものは、それ以上の事はできないですものね。清水さんも今では厳しくしてくれた事に、凄く感謝しているそうです。

■小田和正 ♪ダイジョウブ♪
タイトル戦で負けたばかりで身も心もズタズタになっている時に30年来の親友が「自分の想いが詰まっているから」って送ってくれた曲。心配や応援してくれる人がいるから自分も頑張れるんだなって、改めて気づいた曲。

これからやりたいことは?
一生の目標は、今よりも明日の自分が向上していたい。それから将棋は魅力的なものなので、ひとりでも多くのお子さんに知っていただきたい。清水さんはお子さんを対象にした将棋教室も開かれています。この秋にはスーパーコンピューターとの対局も控えていらっしゃいます。

☆☆☆     ☆☆☆     ☆☆☆


大切にしている言葉  “目的、立場、らしさ”
お父さまが清水さんが物心がつく頃から言われている言葉で、清水さんの核になっている言葉です。どんな時も目的と立場をしっかり考えて、自分らしさを忘れなければ正しい方向へ進んでいける。自分が苦しい時や迷った時に助けてもらっている言葉だそうです。
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by crossroadmidori | 2010-06-25 18:05 | 2010.06.25(清水市代)

前田佳子   

今週のゲストは、伝説のコンシェルジュと呼ばれる前田佳子さん。2007年には「伝説コンシェルジュが明かすプレミアムなおもてなし」と言う本も出版されています。

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現在の活動は?
いまは会員制の検診システムを行っている株式会社ハイメディックのサービス向上のためのプロジェクトに参画されています。
主に前田さんが担当されているのは「医療とおもてなしの融合」。お客様の健康維持や病気の早期発見・治療をしていただき、より豊かな人生を楽しんでいただくためのメンタル的なサポートをされています。
私もそうですが、人間ドックや検査っていうだけで多くの方が拒否反応を示されるかと思いますが、前田さんのような優しそうな方がいらっしゃるとほっとしますよね。

個人的な活動もされていらっしゃる?
次世代の「おもてなし」を考えるKOKKO'M(コッコム)の会を運営されています。
Kは心、Oは音(音楽)、Kは口から入るものと出るもの、Kは絆、Oはおもてなし、そして最後のMは発起人前田さんのイニシャルです。前田さんが人が人生を楽しく謳歌していくためには何が必要なのか考えた時に出てきた言葉で、同じ考えを持っている人たちと、今の時代にどうすれば自分や自分に関わってくださるみなさんが気持ち良く日々過ごせていけるのかを考える会です。

■David Gates ♪ Goodbye Girl ♪
映画「Goodbye Girl」のサウンドトラック。前田さんにとって、とても心暖まる癒される映画・音楽だそうです。

コンシェルジュをはじめたきっかけは?
私にとってコンシェルジュと言えばホテルのイメージ。でも前田さんはパイロットになりたかったようです。その当時は女性のパイロットはいなくて、日本航空に問い合わせてもパイロットは無理というお返事。その時に飛行機が好きだったらスチュワーデス(現キャビンアテンダント)を進められ試験を受けたのですが最終の耳の検査で落ちてしまい、同時に受けていた大阪の東急ホテルズに採用され入社しました。その時は主にフロント業務を担当。その後、お父様の体調がすぐれずホテルを一旦退社され、ヒルトンホテルで復帰されVIPやメンバーの対応をされています。コンシェルジュの肩書きでお仕事をされたのは、その後に転職されたザ リッツカールトン大阪です。

コンシェルジュのお仕事って?
私のイメージするコンシェルジュって、すごく幅広いお仕事で何でも聞いていいところ。これが仕事と決まってないから、準備だとか心構えがとても大変だと思っています。
そのことについて前田さんは「これもお客様から学ばせていただくことも多いんですね。なので、あまり私個人は好きじゃない言葉なんですけど、よろず承り係といいまして、なんでもお客様が言ってお越しになられたものをお聞きして、そのものがかなうようにお手伝いをさせていたくパーソナルセクレタリィみたいなものなんです。なので準備というのは世の中の動向がとうなっているかとか、新しいく出来たレストランがどこにあるのかですとか、ありとあらゆる雑学と言うと言葉が乱暴ですけど、そう言ったものも全部。広く浅くと言うか、とりあえず全部。といいましてもなかなか全部にはなっていないのですけどね。毎日がやっぱり勉強と言うか。」と笑顔でおっしっていました。

■Lionel Robinson ♪Dancing in the Midnight Sun♪
前田さんの好きな曲のひとつ。聞いていると自然と身体が踊りだすそうです。

これからやりたいこと、チャレンジされたいことは?
前田さんは言うのもはずかしいんですけどと前置きをされて
「いまはハイメディックのお仕事、ほんとにお客様、約6000人くらいお客様、私どもお迎えしているのですけど、その方々の心も身体も、より豊かになっていただけるような、そしてやつぱり社員がここの会社に来てよかった、やめたくないなあって思えるような会社づくりをもう一度、みんなでやりたい。いまもみんな楽しくやっているのですが、さらに、やめたくないやめたくないって言ってくれるくらいの会社にして、そういう心でつながりあうような、お客様ともですね。そういうものに会社の組織をみんなでもう一度やって、そして自分も幸せになりたいなぁっていうのがひとつと。
あとは、いまやはり経済うんぬんというのがありますけども、お金ではなくて、お金で買えるものは一杯あるとは思うんですが、人が人として生まれてから一番本当に大事なものが、やっぱり、こころ、魂であったり、そういう本当に私の中では悪い人間はいないと思っていましてね。やはり生きていく中でのいろんな傷つけられたりとか辛い経験の中から今が出来て、それが最終的に経済的なことにも。いろんな総合的にそんなことになってきているんですけど、これからはお金ではなくて、こころをもっと重要視して、昔のよりよい経済途上国にあった日本のいいところがもっと蘇るような、そういう活動っていうんでしょうか、抽象的で申し訳ないんですが、そういったものはやりたいなと。そのためにKOKKO'Mの会っていうのは立ち上げた。そういう経緯もあるんですね。」
お互いにおもてなしの心を持てば、そこから生まれるものもありますよね。

☆☆☆     ☆☆☆     ☆☆☆


大切にしている言葉  “おもいやり”
単純な言葉ですが、前田さんにとっては深いこと。全部がおもいやりではないですが、思いやりで解決することも多いのではないか。
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by crossroadmidori | 2010-06-18 18:36 | 2010.06.18(前田佳子)

吉田千枝(主婦)   

今週は、いつもと少しだけ趣向を変えて番組をお送りしました。
ゲストは千葉県船橋市の主婦、吉田千枝さんです。

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主婦の方がなぜ?
吉田さんは今年の4月に「迷い犬ミルコ 598日の記録」と言う本を出版されました。吉田さんはボランティアで犬や猫の保護活動をされています。この「迷い犬ミルコ」もその中の一匹。クルマが頻繁に行き交う道路を足から血を流しながら歩いていたミルコを見つけて、吉田さんのお家で面倒を見ながら里親を探していました。3ヶ月たって里親も見つかり幸せに暮らしていたはずが、1年もたたないうちにいなくなってしまいました。
本来は里親さんが中心になって探していただくのですが、里親さんが体調を壊していたこともあり、吉田さんが中心になって探すことに。
ここから「迷い犬ミルコ 598日の記録」の物語が始まりました。

■EXILE ♪One love♪
EXILEは吉田さんのお気に入りのアーティスト。「出会いの数だけ笑顔が生まれ、笑顔の数だけしあわせになる」 吉田さんの大好きなフレーズです。

ミルコを探す598日。
吉田さんがミルコをどんな風に探されたかと言うと、
まず最初に過去に犬を探されていた方に何をすればいいか聞かれたそうです。それからボランティアの皆さんの協力を得ながらポスターやチラシをつくって貼ったり配ったりしました。またリアルタイムで情報交換が出来ることもありインターネットでブログも開設されました。ブログの中身は主に入って来た情報の公開です。
当初、沢山の情報が集まってきました。その情報の真偽の確認をするだけでも大変な作業ですよね。休日はボランティアのみなさん、平日はご主人の協力を得ながら探していました。
吉田さんも、ミルコがどこかで保護をされていて、ポスターでも貼ればすぐに見つかるだろうと思っていて、まさか、こんなに長くなるとは思っていなかったそうです。
ミルコが見つかってからわかったことですが、吉田さんたちが一生懸命探している時には、すでにミルコは保護されていました。

■Def Tech ♪My Way♪
ミルコがいなくなったのが千葉県市原市。船橋市からクルマで高速道路を使っても1時間はかかる距離です。ご主人と二人で仕事が終わった後に高速道路で市原市へクルマでミルコを探しに向かう時、うとうとしないようにかけていた曲。

ミルコが見つかった!
ミルコが見つかったのは千葉県市川市。動物病院に貼っていただいていたポスターがきっかけになりました。いままでも何度も違う犬だったので、今回も違う犬なのかなって思いながらミルコの元へ向かいました。吉田さんは違っていた犬も引き取ってお世話をしているそうです。
ミルコは保護されていたご家庭で大切に育てられていて、いまも、そのご家庭で暮らしています。

出版のきっかけは?
ミルコが保護されていたご家庭のお母さんが、吉田さんが捜索時に書いていたブログを見られて感動したからと、自主出版していただきました。犬や猫が捨てられることについて吉田さんは「いまだに沢山いるんですけど、やめさせるにはどうすればいいのかって考えても自分でも考えが浮かばず、自分の小さい頃を考えたら、小さい頃から一緒に犬や猫と過ごしていて大切に出来たので、今の子供たちにも、なんかこう、命とふれあう機会をつくって、将来大人になっても大切にしてくれたら、いつかは減っていくのかなって」。吉田さんは、これからも一匹でも多く幸せになれるように身寄りのない犬や猫を保護していくそうです。
命を大切にすることって、人間にかかわらず動物でも植物でも自然でも・・・全部ですものね。
今回は、とっても心温まるお話をお聞きしました。
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by crossroadmidori | 2010-06-11 18:12 | 2010.06.11(吉田千枝)

田中奈津子(ブルーノート東京 ホールチーフ・ソムリエ)   

今週のゲストは、ブルーノート東京でホールチーフとソムリエをされている田中奈津子さんをお迎えしました。収録前からとても緊張されていました。

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ブルーノート東京って?
ブルーノート東京は東京の青山にあるジャズクラブ。海外からトップアーティストをお迎えして、素敵なお食事をしながら毎晩白熱したライブが楽しめます。私も何度か行く機会があったのですが、逃していて残念です。
私の印象だとソムリエは男性が多いって思っていたのですが、日本にいるソムリエは10000人で、その半数が女性だそうです。

■マイケルブレッカー ♪Don't Let me be lonry tonight♪
サックス奏者。いまは亡くなられましたがブルーノート東京には毎年のように来ていただいていました。ボーカルはジェームス・テイラー。田中さんが聞くと明日も頑張ろうと思える曲。

この世界に入るきっかけは?
田中さんは以前はOLをされていて、ブルーノート東京にお客様として来店された時に、店内の様子を見て、「働くとライブが毎日聞けて、お金までもらえて、仕事も楽そうだと。これは働くに限るなと。」と思った。最初はOLの仕事を終えたあとにアルバイト。ところが1年目は調理場で皿洗いの毎日。ライブを聴くことは出来なかったそうです。入ってみて、外からは楽に見えていたスタッフの仕事の大変さも実感されたようです。やっぱり、楽な仕事なんてないですよね。
1年くらい皿洗いの経験を経てホールへ。OLを続けながら7年間アルバイトを続けながらブルーノート東京の仕事にはまっていったそうです。

■荒井由実 ♪ 瞳を閉じて ♪
田中さんが音楽にはまっていったきっかけがユーミンです。

ブルーノート東京の日々
「ハプニングの連続と言えば、ハプニングの連続で、毎日、会場のドアを開けるとともに、今日、何が起こるかわからないていう、そのワクワク感」 。田中さんが長くブルーノート東京に勤めてこれた理由のひとつ。
「エリック・クラプトンがお客様として遊びにみえたら、ライブにのってしまって飛び入りしてしまうとか。」、「トップアーティストまでもが、いちお客さんとなって楽しめるクラブ。」。それがブルーノート東京だそうです。それこそ、ライブの醍醐味ですよね。

■ハンク・ジョーンズ ♪ In A Sentimental Mood ♪
先日91歳で亡くなられたハンク・ジョーンズさん。今年の2月にブルーノート東京に出演された時にアンコールで演奏された曲です。
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by crossroadmidori | 2010-06-04 18:44 | 2010.06.04(田中奈津子)